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Re:…… Re:だったとわ |
芥屋 |
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2005/12/21 13:42 |
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> 芥屋氏は自分の足元をよく見る必要があるのではないかと俺は思う。 >
芥屋氏は己の罵倒を正しいかのように見ているようだがはたしてそうなのだろうか。
罵倒は罵倒であり、それ自体に正しさもくそもありません。あなたは、ゴチャゴチャ無意味な理屈をつけずに、ただひとこと、「話の中味がどうであれ、私は罵倒はよくないと思う。罵倒そのものが正しくない。罵倒が始まったら、私は話の中味を読む気がしない」と書けば良いのです。
あなたが話の中味、というか経緯もよく読んでいないことは、以下の部分によくあらわれています。
>
猫まんま氏に対しての罵倒は猫まんま氏に罵倒されるまでの非があったわけではない。芥屋氏は猫まんま氏を罵倒することによって黙らせることは出来たが、猫まんま氏を腹の底から納得させられなかった。その前に罵倒を始めてしまったからである。
猫まんまさんは、最後まで黙りませんでした。私も、彼を黙らせようとはしていません。「権利」を振りかざして相手(工藤さん)を黙らせようとしていたのが彼であり、私は彼に「そんな権利などない、あなたの性愛観のポリシーなりスピリットとして述べるべきでは?」と促したのですが、「いや、そうではない。正当な権利だ」と彼が言い張るので、私が罵倒調になったもの。で、彼が最後に自己のポリシーとして意見を述べたところで終了でした。
彼が納得したかどうかは知りませんが、納得しようがしまいが、お互いの言いたいことを言い合って終わった。経緯はそういうことです。あなたは、罵倒が嫌いなんでしょうから、この経緯も読めていないわけで、それは今回と同じでしょう。ご自分の足元をよく見ることをお勧めします。
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Re:冒涜 |
芥屋 |
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2005/12/21 13:23 |
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>シカゴ・ブルースさん
はじめまして。
>
ある宗教やそれを信仰するものに対する言動が、それを信仰するものにとって冒涜であると感じられるものであるとしても、それがけっして許されないものであるとは私は考えておりません。 >
>
宗教をふくむイデオロギー一般について、その現実的有効性を私は否定しませんし、ある個人がどのような信仰をもち、どのようなイデオロギーをもとうともそれは自由です。しかし、それと同時にその信仰なり信念なりについて、他人からとやかくいわれることは甘受せねばなりますまい。たとえそれが自分の信仰や信念を冒涜するものであると感じられたとしても。
一般論としては、そういう場合もあると思います。では、私がgajiさんに言ってたのはそういうことかと言えば、違います。実に簡単なことで、「あなたはこの固定メンバーの中で、まともに神仏の話をしていく気があるのか?」ですよ。思想信条や信仰の違う者どうしで、この種の話をしていくなら、当然にわきまえておく最低限の礼儀というか、常識があるだろ?と言っております。
>
さらに厳しいことをいえば、他人の言動が自己の信仰や信念を冒涜するものであると感じた時点で、その人の信仰や信念はいまだ未熟なのです。
それは全然、厳しくはないです。上記のようなメンバーの中で、「あんた、その言い方は冒涜だろ」と相手に伝える、相手の言い方に冒涜を感じたのなら自分の感情も含めて伝える、それも場合によっては必要です。それをするほうが未熟だというほうが、この種の対話そのものへの未熟者と言うべきでしょう。
>つまり確信がないのです。自己の信仰や信念にたいする確固たる自信(確信)があれば他者の言動などどうでもよい。そんなものにかからわずに自己の信じるところを貫けばよい。それができずに何の信仰でしょうか、なんとつまらぬ信念でしょうか。
自己の信ずるところ、信仰なら貫いておりますよ。ご心配なく。むしろ確信がなければ、相手の言い方に冒涜を感じてもそれを伝えることは慎むべきでしょう。
自他の信仰を含めた話をする場合、何を言われても黙っているのが確たる信仰者だというなら、自分の信仰ではないものには何を言ってもいいのだとするようなものであり、これは単に信仰の外部にいる人間の甘えです。
また、「自己の信仰や信念にたいする確固たる自信(確信)があれば他者の言動などどうでもよい」というなら、それは今回なら「gajiさんのいうことなどどうでもよい」と思え、ということにしかなりません。それでは対話をする意味すらない。
あなたのは結局、お手盛りの一般論で話の経緯も中味も分析せずに、ただ身びいきなことを言ってみただけにすぎません。その結果、gajiのいうことなどどうでもよいではないか、という結論を導いただけです。
しかし私は以前、gajiさんから知らないことを教えてもらったり、自分の信仰にとっても極めて有意義な著書を紹介していただいたり、個人的にもgajiさんとの対話には有意義なものを感じています。ロムしている人にもそうであることもあるでしょう。だからこそ、「ここ一連のカキコは冒涜以外のなにものでもない」と言っているのですよ。そんな無意味な嘲りや罵りなどなくても、きちんと神仏の話ができるはずの人です。
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イイ!!! |
中大出皇子 |
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2005/12/21 10:53 |
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歓談中のところを失礼すます。
香ばしい議論のさなか、視聴者を代表してパネラーへの評価を投票します。
「ガジ
VS tpkn」 tpkn優勢
「シカゴブルース VS tpkn」 シカゴブルース勝勢
ではひきつづき、ご歓談をお続けください。
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明日も早いので休みまつ。 |
gaji@肉体労働者 |
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2005/12/21 02:49 |
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/|::
┌────────┐::| /. |:: |おきのどくですが | ::| |.... |::
|意味不明です。| ::| |.... |:: |了解ふかふか| ::| |.... |::
└────────┘::| \_| ┌────┐ .| ∧∧  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
( _) / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄旦 ̄(_, )
/ \ ` | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|、_)
 ̄| ̄| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| ̄| ̄
| .( ( | |\ |
) ) ) | | .| |________(__| .\| /― ∧
∧ ――-\≒ / ( ) \ | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ |
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∧∧ ( ・ω・) _| ⊃/(___
/ └-(____/  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
<⌒/ヽ-、___ /<_/____/
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Re:tpkn自身、経緯を読めているのですか? |
tpkn |
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2005/12/21 02:45 |
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> > > いわば、自己愛でしょう。 > > > >
この場合、自己愛で何も問題ないでしょう。その自己愛は、別に他者の領域を侵しているわけではない。 > >
侵していなければ? > > (失礼ながら広義の)デートDVみたいなものでせう。 >
> 急に怒り出す。何を言っても無駄。とにかくガンガン(建築屋タソにそっくり)。 >
自分の意に添わないと気がすまない。他者をビシバシ。。 > >
「他者の領域を侵しているわけではない」と言えますか?
そのまとめそのものが事実と異なるので、無意味な問いですね。
>
これって、告天子さんも栗卒。
要するにあなたが同じようなことばっかりやってるってことでしょう。
ミットモナイからほどほどにしとけば? ガキじゃないんだから。
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| 6294 |
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Re:tpkn自身、経緯を読めているのですか? |
gaji |
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2005/12/21 02:39 |
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> > いわば、自己愛でしょう。 > >
この場合、自己愛で何も問題ないでしょう。その自己愛は、別に他者の領域を侵しているわけではない。
侵していなければ?
(失礼ながら広義の)デートDVみたいなものでせう。
急に怒り出す。何を言っても無駄。とにかくガンガン(建築屋タソにそっくり)。 自分の意に添わないと気がすまない。他者をビシバシ。。
「他者の領域を侵しているわけではない」と言えますか? これって、告天子さんも栗卒。
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Re:tpkn自身、経緯を読めているのですか? |
tpkn |
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2005/12/21 02:30 |
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>
芥屋さんは途中からやりとりを放棄しています。
それは「途中」ではなく、おまえがやりとりを放棄した後のことです。
> > ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー >
「俺が怒ったのは、その相手に対する態度。その「信じているものを馬鹿にしてやろう、貶めてやろうという情念。そういう発話の姿勢の問題。」 >
常識の問題 投稿者:芥屋 投稿日:12/15(木) 23:29 No.7277 >
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー > >
いわば、自己愛でしょう。
この場合、自己愛で何も問題ないでしょう。その自己愛は、別に他者の領域を侵しているわけではない。
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Re:涜 |
tpkn |
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2005/12/21 02:29 |
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すっかすこれは読めば読むほどムカツクなぁ…。
>
> > > さらに厳しいことをいえば、他人の言動が自己の信仰や信念を冒涜するものであると感じた時点で、その人の信仰や信念はいまだ未熟なのです。つまり確信がないのです。自己の信仰や信念にたいする確固たる自信(確信)があれば他者の言動などどうでもよい。そんなものにかからわずに自己の信じるところを貫けばよい。それができずに何の信仰でしょうか、なんとつまらぬ信念でしょうか。
たとえば、他人の母親を殺しておきながら、それに対して憤りや悲しみを表明している人に対して「そんなことにこだわるのはあなたがマザコンだからだ」と言ってる人みたい、と言えばわかりやすいでしょうか。
まるでカルトの勧誘文句やんけ(w
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tpkn自身、経緯を読めているのですか? |
gaji |
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2005/12/21 02:25 |
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芥屋さんは途中からやりとりを放棄しています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「俺が怒ったのは、その相手に対する態度。その「信じているものを馬鹿にしてやろう、貶めてやろうという情念。そういう発話の姿勢の問題。」 常識の問題 投稿者:芥屋 投稿日:12/15(木)
23:29
No.7277 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いわば、自己愛でしょう。
はっきりいって、迷惑です。
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Re: |
tpkn |
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2005/12/21 02:16 |
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> >
ドミニョンでのやりとりのときの齟齬は、「祖先」「先祖」に対する互いの解釈の違いだったと思いまつよ。 > >
> > 私が言っていたのは、 > >
家族(イエ)的な先祖供養(崇拝)は、江戸時代以降だということ(近代になって顕著)。 > > >
tpkn自身、現在はそういっている↓やうでつね。
おまえバカですか? xanthippeの言ってることはおまえがドミニョンで言ってたことと同じでしょうが。たぶん、戦後のある時期に教育を受けたバカサヨ女には、そういう考えが染みついているんだなぁと私などは感慨深く思いながら議論していますが。
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Re:涜 |
tpkn |
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2005/12/21 02:13 |
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> > >
ある宗教やそれを信仰するものに対する言動が、それを信仰するものにとって冒涜であると感じられるものであるとしても、それがけっして許されないものであるとは私は考えておりません。 >
> > > > >
宗教をふくむイデオロギー一般について、その現実的有効性を私は否定しませんし、ある個人がどのような信仰をもち、どのようなイデオロギーをもとうともそれは自由です。しかし、それと同時にその信仰なり信念なりについて、他人からとやかくいわれることは甘受せねばなりますまい。たとえそれが自分の信仰や信念を冒涜するものであると感じられたとしても。 >
> > > > > さらに厳しいことをいえば、他人の言動が自己の信仰や信念を冒涜するものであると感じた時点で、その人の信仰や信念はいまだ未熟なのです。つまり確信がないのです。自己の信仰や信念にたいする確固たる自信(確信)があれば他者の言動などどうでもよい。そんなものにかからわずに自己の信じるところを貫けばよい。それができずに何の信仰でしょうか、なんとつまらぬ信念でしょうか。 > >
> > まったくもって間違った考え方だと思いますね。他人が他人の信仰について「未熟」だの「つまらぬ」だのと評価する時点で、論理的に破綻していると思います。 >
> > ペケリーン!でち。 >
きちんと読んでから言って下たい。(日本語ガクシュジュク)
こういうデリケートな問題を酔っぱらって適当に書くなよ。失礼だろうが。
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Re:冒涜 |
tpkn |
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2005/12/21 02:10 |
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追記しておきますと、
> >
ある宗教やそれを信仰するものに対する言動が、それを信仰するものにとって冒涜であると感じられるものであるとしても、それがけっして許されないものであるとは私は考えておりません。
あなたの問題は、具体的な「経緯」や文言をすっとばして「それを信仰するものにとって冒涜であると感じられるものであるとしても、それがけっして許されないものであるとは私は考えておりません」などというつまらない一般論に終始しているところです。たとえばキリストやマリアを性的に貶めるような文言は、「それを信仰するもの」だけでなく、まったく無関係の他者から見ても「冒涜であると感じられるもの」であり、「決して許されないもの」ではないかもしれないが、普通は許されないものでしょう。「許されない」というのは、相手が怒って当たり前という意味であり、もちろん言論の自由云々という問題ではありません。
仮にそれを言う必要がどうしてもあった、そういうことを言わなければ言えないことがあったという話なら別ですが、今回のケースでは単に相手を貶めるための罵詈雑言にすぎませんから、いずれにせよ「けっして許されないものであるとは私は考えておりません」というような、無機質な「考え」を表明されたところで、屁の役にも立たないということです。
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Re:涜 |
gaji |
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2005/12/21 02:06 |
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> >
ある宗教やそれを信仰するものに対する言動が、それを信仰するものにとって冒涜であると感じられるものであるとしても、それがけっして許されないものであるとは私は考えておりません。 >
> > >
宗教をふくむイデオロギー一般について、その現実的有効性を私は否定しませんし、ある個人がどのような信仰をもち、どのようなイデオロギーをもとうともそれは自由です。しかし、それと同時にその信仰なり信念なりについて、他人からとやかくいわれることは甘受せねばなりますまい。たとえそれが自分の信仰や信念を冒涜するものであると感じられたとしても。 >
> > > さらに厳しいことをいえば、他人の言動が自己の信仰や信念を冒涜するものであると感じた時点で、その人の信仰や信念はいまだ未熟なのです。つまり確信がないのです。自己の信仰や信念にたいする確固たる自信(確信)があれば他者の言動などどうでもよい。そんなものにかからわずに自己の信じるところを貫けばよい。それができずに何の信仰でしょうか、なんとつまらぬ信念でしょうか。 >
> まったくもって間違った考え方だと思いますね。他人が他人の信仰について「未熟」だの「つまらぬ」だのと評価する時点で、論理的に破綻していると思います。
ペケリーン!でち。 きちんと読んでから言って下たい。(日本語ガクシュジュク)
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Re:冒 |
tpkn |
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2005/12/21 02:01 |
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> > 頭おかしいんじゃないですか? > >
それはチミでせう。
おまえとシカゴ・ブルースです。
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Re:冒涜 |
tpkn |
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2005/12/21 02:00 |
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> > いや、それは「経緯」を知らない人が言うべきではないでしょう。(tpkn) >
> なぜでしょうか。 >
「どんな経緯があったのかはしりませんが」は”挨拶語”だと思いますよ。
経緯を知っているのならそんなイヤミで失礼極まりない「挨拶」などすべきではないし、知らないのなら口出しすべきではないでしょう。なんだ、「挨拶語」って?
> 主文は↓(太字部分↑↓byガジ)でしょう。 > >
>「冒涜」などという信仰用語をもちだした時点で議論はおしまいということでしょう。ある宗教を信仰する者からみれば、その宗教を信じていないものがおこなうそれに関する第三者的な分析や感想はある種の「冒涜」になってしまうのは避けようがありません。
おまえがいつ「第三者的な分析や感想」など言いましたか?
>
>たとえばそれが「第三者的な分析や感想」にとどまるものでない場合、「冒涜」と言うしかない言説はあります。たとえばキリスト者に向かって「キリストなんて信じてるのはバカだ」と言えば、これは第三者的な分析でも感想でもなく、単なる冒涜でしょう。がじきんの場合は、極めてそれに近いですね。(tpkn) >
> すみませんが、この例えは、よく分かりません。 > >
私は芥屋さんに対して「〜を信じているのはバカだ」←といった「極めてそれに近い」ことを言っていたわけですか?
言ってますね。わからないのなら、おまえが単なる無教養だというだけの話でしょう。
>
神話「天岩戸」のエピソードに関して「アマテラスってばか女じゃん」と、”余談”として桜子さん宛てのレスで私が言ったことが、「信仰者に対する冒涜」になるのでしょうか?
おまえはいったいなんのためにそういう質問をしているのですか? 正当性を主張することなどしないのではなかったの?
> >
(余談ですが、どーしてこのようなアマテラスが皇室の皇祖神とされたのでしょう、謎で津。。。。ただのバカ女じゃん。★) >
> 「どーして」って、神話だと申しましたでしょう。 >
為政者が勝手につくれるものではないのです。 > > 女は「バカ」なのです。(o ̄∇ ̄)o >
女性のヒステリーな行動で、世の中が進歩するのではないでしょうか。 >
これで、天照御大神さまはご成長なさるのです。 >
ーーーーーーーーhttp://bbs5.on.kidd.jp/?0501/4248 > > >
と、お答えでした。
これはおまえの言葉と、文脈がまったく違います。それまでの「経緯」をすっとばして論じても意味がないでしょう。「バカ」と言ったことがすなわち「冒涜」なのではありません。
> >まあいつものアレですよ(w > >
”そよかメール”のウン百通gaji陰口呪縛がいまだに抜けないのではアリマテンカ(w
「そよかメール”のウン百通gaji陰口呪縛」ってなんのことでしょうか? そよかメールの「陰口」でわしが鵜呑みにしたものなどひとつもありませんが?
まあいつものアレですな。
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Re:冒 |
gaji |
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2005/12/21 01:57 |
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> 頭おかしいんじゃないですか?
それはチミでせう。
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Re:冒涜 |
tpkn |
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2005/12/21 01:53 |
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> >tpkn > >
ある宗教やそれを信仰するものに対する言動が、それを信仰するものにとって冒涜であると感じられるものであるとしても、それがけっして許されないものであるとは私は考えておりません。 >
>
宗教をふくむイデオロギー一般について、その現実的有効性を私は否定しませんし、ある個人がどのような信仰をもち、どのようなイデオロギーをもとうともそれは自由です。しかし、それと同時にその信仰なり信念なりについて、他人からとやかくいわれることは甘受せねばなりますまい。たとえそれが自分の信仰や信念を冒涜するものであると感じられたとしても。 >
>
さらに厳しいことをいえば、他人の言動が自己の信仰や信念を冒涜するものであると感じた時点で、その人の信仰や信念はいまだ未熟なのです。つまり確信がないのです。自己の信仰や信念にたいする確固たる自信(確信)があれば他者の言動などどうでもよい。そんなものにかからわずに自己の信じるところを貫けばよい。それができずに何の信仰でしょうか、なんとつまらぬ信念でしょうか。
まったくもって間違った考え方だと思いますね。他人が他人の信仰について「未熟」だの「つまらぬ」だのと評価する時点で、論理的に破綻していると思います。たとえばイスラム教徒のほとんどは、自分の意志で選んでイスラム教徒になったのではないし、キリスト教徒の多くもそうでしょう。それが批判である限り「甘受」せねばならないでしょうが、「おまえの神はバカである」などという物言いは、それ自体が反証可能性に欠けるのですから、たとえば出自や民族を貶めるのと同様、卑劣な行為に決まっているでしょう。
頭おかしいんじゃないですか?
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Re:冒涜 |
gaji |
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2005/12/20 21:43 |
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> >
どんな経緯があったのかはしりませんが、「冒涜」などという信仰用語をもちだした時点で議論はおしまいということでしょう。ある宗教を信仰する者からみれば、その宗教を信じていないものがおこなうそれに関する第三者的な分析や感想はある種の「冒涜」になってしまうのは避けようがありません。(シカゴタソ) >
>
いや、それは「経緯」を知らない人が言うべきではないでしょう。(tpkn)
なぜでしょうか。 「どんな経緯があったのかはしりませんが」は”挨拶語”だと思いますよ。
主文は↓(太字部分↑↓byガジ)でしょう。
>「冒涜」などという信仰用語をもちだした時点で議論はおしまいということでしょう。ある宗教を信仰する者からみれば、その宗教を信じていないものがおこなうそれに関する第三者的な分析や感想はある種の「冒涜」になってしまうのは避けようがありません。
>たとえばそれが「第三者的な分析や感想」にとどまるものでない場合、「冒涜」と言うしかない言説はあります。たとえばキリスト者に向かって「キリストなんて信じてるのはバカだ」と言えば、これは第三者的な分析でも感想でもなく、単なる冒涜でしょう。がじきんの場合は、極めてそれに近いですね。(tpkn)
すみませんが、この例えは、よく分かりません。
私は芥屋さんに対して「〜を信じているのはバカだ」←といった「極めてそれに近い」ことを言っていたわけですか?
神話「天岩戸」のエピソードに関して「アマテラスってばか女じゃん」と、”余談”として桜子さん宛てのレスで私が言ったことが、「信仰者に対する冒涜」になるのでしょうか?
日本神話には八百万の神々がいます。ギリシア神話のやうなものでつ。(←と、私は思っています)
桜子さんご自身は、
「發慍(いか)りまして」 投稿者:桜子 投稿日:12/15(木)
02:36 No.7270ーーーーーーーーーーー >
(余談ですが、どーしてこのようなアマテラスが皇室の皇祖神とされたのでしょう、謎で津。。。。ただのバカ女じゃん。★)
「どーして」って、神話だと申しましたでしょう。 為政者が勝手につくれるものではないのです。
女は「バカ」なのです。(o ̄∇ ̄)o
女性のヒステリーな行動で、世の中が進歩するのではないでしょうか。 これで、天照御大神さまはご成長なさるのです。 ーーーーーーーーhttp://bbs5.on.kidd.jp/?0501/4248
と、お答えでした。
>まあいつものアレですよ(w
”そよかメール”のウン百通gaji陰口呪縛がいまだに抜けないのではアリマテンカ(w
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Re:冒涜 |
gaji |
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2005/12/20 20:08 |
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>
なぜか最近HNが化ける。
橇は、、ある岩、個々路に山地位ものがあるから化もシレ魔店。。
祓いたまえ清めたまえ。。ナムナムチーン。ΩΩ
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Re: |
gaji |
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2005/12/20 19:52 |
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> ・日本人には17世紀後半まで祖先を崇拝するというような気持ちはなかった。 >
・それまでは日本人は人が死んでもそのへんに捨てるだけで敬う気持ちなどなかった >
・そういう気持ちが生まれたのは幕府の政策で檀家制度が導入されたからで、これは儒教のマネ > > (いまさらながらですが、ムチャゴーインなまとめかたですね(w)←05/12/20カキコ。
>
ドミニョンでのやりとりのときの齟齬は、「祖先」「先祖」に対する互いの解釈の違いだったと思いまつよ。 > >
私が言っていたのは、 >
家族(イエ)的な先祖供養(崇拝)は、江戸時代以降だということ(近代になって顕著)。
tpkn自身、現在はそういっている↓やうでつね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー >>「盆」というのは祖霊信仰を持つ日本の風土の上に乗っかってつくられた仏教行事です。それが「先祖の霊が家の仏壇に帰ってくる」というような行事になったのは、盆の法要が始まってから千年以上も後になってから生まれた習慣です。 > >そういうことはここでは関係ないでしょう。
なんで?(w 盆というのは祖霊を想定した行事であって、それが「イエ」制度の発達とともにそういう形になったものですよ。つまり、先祖の霊はうちだけの先祖だとがんばるのは、「イエ」に囚われた人だけでしょう。 ーーーーーーーーーーー「あずき屋」板
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そのドミニョン板の結末 |
gaji |
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2005/12/20 19:34 |
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http://otd9.jbbs.livedoor.jp/983047/bbs_plain?range=-6&base=620
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー >>どこか、ひどい話ですね。
>どこがですか?
どことなく、なんとなく、の感想です。
ともに素人ですし「戯論ならぬ戯言合戦」であったわけですよね。(w
それをROMなさっていた、おにゃあたまに、お時間をおかけしつつ整理していただきました。それに対して、
「反論は特にありません。どうもお疲れさま。」(tpknさん)
この1行だけというのは、どこか脱力に近いものがありました。
(注:「どこか」→なんとなく、の意です)
>>
少なくともtpknさんは婦道さんを表向き援護してらしたわけですよね。
>それが何か?
何でもありません。が、、、 でしたら、なにかあっても、、とも思いました。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
かれこれ、*年前の話でツネ。
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Re:冒涜 |
gaji |
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2005/12/20 19:10 |
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>
http://www.geocities.jp/okr_chicagob/sunaba_log/sunaba00/sunaba14.htm >
↑ >
このへんのようなことを、
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 1397
Re:よっしゃーーー。 tpkn@happers' delight 2003/10/24 10:48 男性 会社員 10歳以下
A型 京都府
工藤さんよ、
「よっしゃー」はいいんだけども。ドミニョン板読んだ?
工藤さんが
>
軍事派として「死」はたてまつるものと考えている。
と考えているなら、ドミニョンで
・日本人には17世紀後半まで祖先を崇拝するというような気持ちはなかった。 ・それまでは日本人は人が死んでもそのへんに捨てるだけで敬う気持ちなどなかった ・そういう気持ちが生まれたのは幕府の政策で檀家制度が導入されたからで、これは儒教のマネ
(いまさらながらですが、ムチャゴーインなまとめかたですね(w)←05/12/20カキコ。
などという妄論を吐きまくった挙げ句、論破されそうになったら話を逸らして他人の人格攻撃を始めようとしたがじきんに言うべきでは?
まさに民族の敵でっせ、がじきんは(w
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ドミニョンでのやりとりのときの齟齬は、「祖先」「先祖」に対する互いの解釈の違いだったと思いまつよ。
私が言っていたのは、 家族(イエ)的な先祖供養(崇拝)は、江戸時代以降だということ(近代になって顕著)。
なぜって、現に、長らく死体は捨てられていた時代がつづいてました。。(死穢のせいでせう。……余談ですが、死穢のせいで、平安時代「死刑」は忌避されました。350年くらい)
京都でいえば鳥辺野や化野etc.見るに見かねて弘法太子が弔ったといわれています。
http://homepage2.nifty.com/cub/niwa/adasino.htm
古来からの祖霊信仰については何の否定もしていません。
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Re:冒涜 |
シカゴ・ブルース |
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2005/12/20 17:36 |
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>tpkn
ある宗教やそれを信仰するものに対する言動が、それを信仰するものにとって冒涜であると感じられるものであるとしても、それがけっして許されないものであるとは私は考えておりません。
宗教をふくむイデオロギー一般について、その現実的有効性を私は否定しませんし、ある個人がどのような信仰をもち、どのようなイデオロギーをもとうともそれは自由です。しかし、それと同時にその信仰なり信念なりについて、他人からとやかくいわれることは甘受せねばなりますまい。たとえそれが自分の信仰や信念を冒涜するものであると感じられたとしても。
さらに厳しいことをいえば、他人の言動が自己の信仰や信念を冒涜するものであると感じた時点で、その人の信仰や信念はいまだ未熟なのです。つまり確信がないのです。自己の信仰や信念にたいする確固たる自信(確信)があれば他者の言動などどうでもよい。そんなものにかからわずに自己の信じるところを貫けばよい。それができずに何の信仰でしょうか、なんとつまらぬ信念でしょうか。
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Re:冒涜 |
tpkn |
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2005/12/20 13:34 |
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なぜか最近HNが化ける。 ↓
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Re:冒涜 |
??¨???????????? |
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2005/12/20 11:52 |
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> > > > あの、、言いつくろってたのは、芥屋さんですよ。 >
> > アフォですか? 感情的になってるのに「なってない」と言い張るのを「言いつくろう」と言うのですが? >
>
そうですね。で、私はそのとき何か言いましたか?(「なってない」等)
「そのとき」ではなく、そのあとの話をしておりますが?
>
>感情的になってるのに「なってない」と言い張るのを「言いつくろう」と言うのですが? > >
直球としてはそうですね。
あなた直球ど真ん中ですが?
> > >
芥屋さんのは感情をあらわにしても論理が正しければOKって話であって、その逆でしょうが。 > >
tpkn若杉。
若かろうが年寄りだろうが、当たり前のことですが何か?
> > > > 「正当性」を言っているのは私ではないですよ。 >
> > いや、おまえですよ。 > >
「いや、おまえですよ」といえばいいってものではないでしょう。
しかしおまえは正当性を主張しているのではないのですか? じゃあいったい何を言いたいわけ?
> どこで、どのように、私が《「正当性」を言って》いたのでしょうか? > >
> > > gajiに正当性は似合わない。 > > >
だったら不当だと言われても文句言うなよ。 > >
言うも言わないも私の勝手です。
「正当性」を言っているのは私ではないのなら、「私の勝手」ではないでしょう。
> > >
甘受するというのは黙って文句を言わずに従うことであって、ましてや相手が怒ったのを相手の問題だなどと言うことではない。ほんとにキチガイですねえ。 >
> 「怒り」に関しては甘受。 >
「失礼しました」と言っていますよ。
甘受するというのは黙って文句を言わずに従うことであって、ましてや相手が怒ったのを相手の問題だなどと言うことではない。
> > で、言っても「言葉だけ」とかいわれるわけですね。 >
言葉しかないBBSで「言葉だけ」と言われてもどうしようもありません。
言葉が矛盾してるから、あるときに発言した「言葉」は、実際にその意味するものとは違う言葉であると判断されるということでしょう。
> こういった物言いは、ある意味、卑劣だと思いますよ。 >
(誠実さの要求にしてもそうです。言ったもの勝ち。初めに怒ればいいってことですか?穏便に言っていても、相手のカッキーンで話はぶちこわれになります)
こういう形で自分の正当性を主張するから、「言葉だけ」などと言われるのでしょう。
> >
以下は漫才のようですので、略。
おまえの存在じたいが出来の悪い漫才でしょう。
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寝ろじゃ寝ろじゃ |
工藤猛 |
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2005/12/20 09:37 |
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私自身に幼少の頃、子守唄で寝入った記憶は存在しない。 もっともおっぱいにさわたらすぐ寝たよとおばさんにから、からかわれたから 記憶というものは当てにならない。
幼少の頃には、母親が居て、婆さんが居て、おなごのいとこ、はとこが 一杯居たんだろうな。その母親、婆さん、おなごのいとこはとこの周りには 血縁関係のない彼女らの友だちである、あまたの女性がいたんだろうな。
記憶にはないが一歳から二歳、三歳にかけての養育が私の感性を決めたんだろう。 私にとっては若い女性も婆さまも美しい存在です。そのような感性が身に染み付いています。
**********
みじんこも ごきぶりも 鉱物でさえ わが仲間である。
微生物が地中や水中で活躍しないと生物は生き残れない。 生存闘争が人間を作ったのではない。 共生が人間を作った。 弱者も生きれる空間がミジンコの時代からあったから人間は生き延びている。 弱いから滅びるのではない。強いから生き残るのではない。
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Re:遡ってレス(略はbyがじ) |
gaji |
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2005/12/20 00:47 |
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http://otd9.jbbs.livedoor.jp/983591/bbs_plain?base=6261&range=1
> > ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー > >
(無題) 投稿者:gaji 投稿日:03/17(木) 03:59 No.3627 [削除] > > >
> >>いわゆる「一切衆生悉有仏性」といった日本人に馴染んでいる考え方 > > >
> >ってこれ、神道ですだ。仏説としては「本覚思想」の日本版ということになるのかもしれませんが。 > >
> > 「本覚思想」って、日本固有なんですよ。 > > > >
>「神即人、人即神」とか「神人一如」とか言うんですが、要するに人間を含めて森羅万象ことごとく神性がある、その神性に帰一するんである…みたいなもんですね。 >
> > > そうですね。 > >
それは日本の神仏が「神仏習合」だったせいです。 > > >
>これは教説としては江戸期の垂加神道に強く出てますよ。 > > > >
たぶんそうです。 > > なぜって、「垂加神道」にしても「神仏習合」の所産なんでした。 >
いまふうに言えば、”シンクレティズム”の賜物です。 > >
>で、明治の「教育勅語」にも反映されているんですね(明治って神仏物理で仏教排撃というふうに思われがちですけど、神道の教理ってどちらかといえば、何もないといいますか、半ば仏教プラスアルファでしかありません) >
> > > ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー > >
(無題) 投稿者:芥屋 投稿日:03/18(金) 21:38 No.3650 [削除] > > >
>(明治って神仏物理で仏教排撃というふうに思われがちですけど、神道の教理ってどちらかといえば、何もないといいますか、半ば仏教プラスアルファでしかありません) >
> > >
んなこたぁないでしょう。統一教義を定めまいとする気風はありますが、歴史上、多くの神道説があって、教理的なものは捨てるほどあります。 >
> ありますが、シンクレティズムによるものです。 > >
で、ここで誤解があると思いますが、”神道には教理がない”というのを、私は否定的に言っているのではないんです。 >
> > 『神道とは何か』 > http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0065.html >
『神仏習合』 > http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0910.html >
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Re:冒涜 |
gaji |
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2005/12/19 22:05 |
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> > > あの、、言いつくろってたのは、芥屋さんですよ。 > >
アフォですか? 感情的になってるのに「なってない」と言い張るのを「言いつくろう」と言うのですが?
そうですね。で、私はそのとき何か言いましたか?(「なってない」等) 私はtpknをスルーしましたyo(またしてもtpの一つおぼえ、と思い、レス入力しながら、あふぉらしいので、やめました)
>感情的になってるのに「なってない」と言い張るのを「言いつくろう」と言うのですが?
直球としてはそうですね。
> >
芥屋さんのは感情をあらわにしても論理が正しければOKって話であって、その逆でしょうが。
tpkn若杉。
> > > 「正当性」を言っているのは私ではないですよ。 > >
いや、おまえですよ。
「いや、おまえですよ」といえばいいってものではないでしょう。
どこで、どのように、私が《「正当性」を言って》いたのでしょうか?
> > > gajiに正当性は似合わない。 > >
だったら不当だと言われても文句言うなよ。
言うも言わないも私の勝手です。
> > > ですから、芥屋さんは私に対して怒っているわけでしょう? >
> > 私はそれを甘受するのみです。 > >
甘受するというのは黙って文句を言わずに従うことであって、ましてや相手が怒ったのを相手の問題だなどと言うことではない。ほんとにキチガイですねえ。
「怒り」に関しては甘受。 「失礼しました」と言っていますよ。
で、言っても「言葉だけ」とかいわれるわけですね。 言葉しかないBBSで「言葉だけ」と言われてもどうしようもありません。
こういった物言いは、ある意味、卑劣だと思いますよ。 (誠実さの要求にしてもそうです。言ったもの勝ち。初めに怒ればいいってことですか?穏便に言っていても、相手のカッキーンで話はぶちこわれになります)
以下は漫才のようですので、略。
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Re:冒涜 |
tpkn |
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2005/12/19 21:26 |
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> > >
それはがじきんが感情的になった後の話。芥屋さんは、感情的になったことをがじきんのように言いつくろったりしないというだけのことでしょう。ああ、ミットモナイミットモナイ…。 >
> > > あの、、言いつくろってたのは、芥屋さんですよ。 > > >
> アフォですか? 感情的になってるのに「なってない」と言い張るのを「言いつくろう」と言うのですが? >
芥屋さんのは感情をあらわにしても論理が正しければOKって話であって、その逆でしょうが。 > >
> > 「正当性」を言っているのは私ではないですよ。 > >
いや、おまえですよ。 > > > gajiに正当性は似合わない。 > >
だったら不当だと言われても文句言うなよ。 > > >
ですから、芥屋さんは私に対して怒っているわけでしょう? > > 私はそれを甘受するのみです。 >
>
甘受するというのは黙って文句を言わずに従うことであって、ましてや相手が怒ったのを相手の問題だなどと言うことではない。ほんとにキチガイですねえ。 >
> > > 喜怒哀楽はひとならではの現象ですから、なんの不思議もありません。 >
> なんの不思議もないのなら、なんで怒ったのかとか質問すんなよ(w > >
バカ丸出し。
つーことで、シカゴさん。わかったでしょ?
こういうやりとりをえんえんとやった後の、「アマテラスなんてバカ女」なわけです。
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Re:冒涜 |
tpkn |
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2005/12/19 21:25 |
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> >
それはがじきんが感情的になった後の話。芥屋さんは、感情的になったことをがじきんのように言いつくろったりしないというだけのことでしょう。ああ、ミットモナイミットモナイ…。 >
> あの、、言いつくろってたのは、芥屋さんですよ。 >
アフォですか? 感情的になってるのに「なってない」と言い張るのを「言いつくろう」と言うのですが? 芥屋さんのは感情をあらわにしても論理が正しければOKって話であって、その逆でしょうが。
>
「正当性」を言っているのは私ではないですよ。
いや、おまえですよ。
>
gajiに正当性は似合わない。
だったら不当だと言われても文句言うなよ。
> ですから、芥屋さんは私に対して怒っているわけでしょう? >
私はそれを甘受するのみです。
甘受するというのは黙って文句を言わずに従うことであって、ましてや相手が怒ったのを相手の問題だなどと言うことではない。ほんとにキチガイですねえ。
>
喜怒哀楽はひとならではの現象ですから、なんの不思議もありません。
なんの不思議もないのなら、なんで怒ったのかとか質問すんなよ(w
バカ丸出し。
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Re:冒涜 |
gaji |
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2005/12/19 21:19 |
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>
それはがじきんが感情的になった後の話。芥屋さんは、感情的になったことをがじきんのように言いつくろったりしないというだけのことでしょう。ああ、ミットモナイミットモナイ…。
あの、、言いつくろってたのは、芥屋さんですよ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ちなみに 投稿者:芥屋 投稿日:12/15(木)
23:39 No.7278 [削除]
>
議論は感情的になった方が負け!
観戦モードでつか。でも勝負してるわけじゃないからw
仮に勝負がかった論戦をやる場合でも、感情的になったから負けということはない。「感情的になった方が負け」というのは、えてして感情的になると論理がグチャグチャになりやすいからなのね。
感情的になろうがなるまいが、論理的にメチャクチャなら論負けするのは当たり前。感情をあらわにしても、言ってることが正しければ論負けしません。これ、議論の基本でつ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
>
ちうか、普通に読めば、おまえが「まともな返答をせずに相手を怒らせた」というだけの単純な話でしょうが。 >
何をきばって正当性を主張してんの?
「正当性」を言っているのは私ではないですよ。
>んなもんゼロだよ。
当たり前です。 gajiに正当性は似合わない。
>
http://www.geocities.jp/okr_chicagob/sunaba_log/sunaba00/sunaba14.htm >
↑ >
このへんのようなことを、わしよりもはるかにがじきんに対して礼儀正しく接していた芥屋さんにむかってやらかしてしまっただけ。誰でも怒って当たり前。
ですから、芥屋さんは私に対して怒っているわけでしょう? 私はそれを甘受するのみです。
喜怒哀楽はひとならではの現象ですから、なんの不思議もありません。
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Re:遡ってレス(略はbyがじ) |
gaji |
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2005/12/19 21:03 |
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> ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー >
(無題) 投稿者:gaji 投稿日:03/17(木) 03:59 No.3627 [削除] > >
>>いわゆる「一切衆生悉有仏性」といった日本人に馴染んでいる考え方 > >
>ってこれ、神道ですだ。仏説としては「本覚思想」の日本版ということになるのかもしれませんが。 > >
「本覚思想」って、日本固有なんですよ。 > >
>「神即人、人即神」とか「神人一如」とか言うんですが、要するに人間を含めて森羅万象ことごとく神性がある、その神性に帰一するんである…みたいなもんですね。 >
> そうですね。
それは日本の神仏が「神仏習合」だったせいです。
> >これは教説としては江戸期の垂加神道に強く出てますよ。 > >
たぶんそうです。
なぜって、「垂加神道」にしても「神仏習合」の所産なんでした。 いまふうに言えば、”シンクレティズム”の賜物です。
>で、明治の「教育勅語」にも反映されているんですね(明治って神仏物理で仏教排撃というふうに思われがちですけど、神道の教理ってどちらかといえば、何もないといいますか、半ば仏教プラスアルファでしかありません)
> ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー >
(無題) 投稿者:芥屋 投稿日:03/18(金) 21:38 No.3650 [削除]
>
>(明治って神仏物理で仏教排撃というふうに思われがちですけど、神道の教理ってどちらかといえば、何もないといいますか、半ば仏教プラスアルファでしかありません) >
>
んなこたぁないでしょう。統一教義を定めまいとする気風はありますが、歴史上、多くの神道説があって、教理的なものは捨てるほどあります。
ありますが、シンクレティズムによるものです。
で、ここで誤解があると思いますが、”神道には教理がない”というのを、私は否定的に言っているのではないんです。
『神道とは何か』 http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0065.html 『神仏習合』 http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0910.html
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Re:冒涜 |
tpkn |
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2005/12/19 20:43 |
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>
それはがじきんが感情的になった後の話。芥屋さんは、感情的になったことをがじきんのように言いつくろったりしないというだけのことでしょう。ああ、ミットモナイミットモナイ…。
おっと訂正。
「感情的」になってるのは、やっぱがじきんだけだね。
芥屋さんは別に「感情的」になったりなどしてないわ。感情はあらわにしているけども。 「ご自身もおっしゃっている」のはそういうことでしょ。勝手に作んな。
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Re:冒涜 |
tpkn |
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2005/12/19 20:40 |
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> 「感情的」になっていたのは、明らかに芥屋さんですよ。 >
(ご自身もそうおっしゃっている)
それはがじきんが感情的になった後の話。芥屋さんは、感情的になったことをがじきんのように言いつくろったりしないというだけのことでしょう。ああ、ミットモナイミットモナイ…。
ちうか、普通に読めば、おまえが「まともな返答をせずに相手を怒らせた」というだけの単純な話でしょうが。 何をきばって正当性を主張してんの? んなもんゼロだよ。
http://www.geocities.jp/okr_chicagob/sunaba_log/sunaba00/sunaba14.htm ↑ このへんのようなことを、わしよりもはるかにがじきんに対して礼儀正しく接していた芥屋さんにむかってやらかしてしまっただけ。誰でも怒って当たり前。
ちうか、ほんとに他人に甘えてばかりだねえ…。
ババアのクセに醜悪なんだが?
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Re:冒涜 |
gaji |
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2005/12/19 20:32 |
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> > ていうかURL先で確認可能デツ。 > >
だったらいちいちコピーすんなよ阿呆。 > >
要するにアレですよ。かつてベルナルル先生がなんとかっつー学校の先生に対してやらかしたのとか、ピエールがわしに対してやらかしたのとかと極めて似通った、品性下劣なやりとりが行われてたということですよ>シカゴさん >
>
マジメに話す相手の、話をそらして、すり替えて、揶揄して、愚弄して、あげくの果てに…。というパターン。
>
こんなものを「経緯」も知らずに擁護するのは、単なるガジ教。
ときどきアフォまるだしのtpkn。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー (無題) 投稿者:tpkn 投稿日:12/15(木)
01:10 No.7261 [削除]
>
議論は感情的になった方が負け!
ずっと感情的になってるのはがじきんね。
>
ガジタンは、きっと他の宗教信者にも聞きたいこと 種類問わず尋ねると思う。
それは実は「聞きたいこと」ではないんですよ。そこが問題なわけ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「感情的」になっていたのは、明らかに芥屋さんですよ。 (ご自身もそうおっしゃっている)
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Re:遡ってみますた |
tpkn |
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2005/12/19 20:26 |
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>
おそらくは、このときから続いている、齟齬です。
たぶん関係ない。そよか級の邪推ですな(w
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Re:常識…… |
tpkn |
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2005/12/19 20:24 |
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> >
そうでないと思うなら、どこが「常識」たりえないのか、おまえが説明すりゃいいでしょう。 > >
すでに述べた。
どこにも書いてませんが?
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遡ってみますた |
gaji |
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2005/12/19 20:23 |
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ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー (無題) 投稿者:gaji 投稿日:03/16(水)
01:17 No.3607 [削除]
「胎蔵経」で思い出しましたが、数年前、「本覚思想」批判にけっこう嵌っていたんでした。いわゆる「一切衆生悉有仏性」といった日本人に馴染んでいる考え方を省みる視点なんですが。。 http://www.iscb.net/mikio/200102/0228.htm http://www.asahi-net.or.jp/~cn6k-inb/way/next/cvs.html スマップの♪花屋の店先で見つけた ナンバーワンになれなくてもいい〜♪ とかの歌が受けたりするのも、天台本覚思想がベースにあるからかと。で、受けるというのは、逆に怖いことでもあって、、等々。かなーり忘れてしまいました。。ブツブツ独り言です。。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー (無題) 投稿者:芥屋 投稿日:03/16(水)
23:02 No.3615 [削除]
>gajiさん
>いわゆる「一切衆生悉有仏性」といった日本人に馴染んでいる考え方
ってこれ、神道ですだ。仏説としては「本覚思想」の日本版ということになるのかもしれませんが。「神即人、人即神」とか「神人一如」とか言うんですが、要するに人間を含めて森羅万象ことごとく神性がある、その神性に帰一するんである…みたいなもんですね。
これは教説としては江戸期の垂加神道に強く出てますよ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー (無題) 投稿者:gaji 投稿日:03/17(木)
03:59 No.3627 [削除]
>>いわゆる「一切衆生悉有仏性」といった日本人に馴染んでいる考え方
>ってこれ、神道ですだ。仏説としては「本覚思想」の日本版ということになるのかもしれませんが。
「本覚思想」って、日本固有なんですよ。
>「神即人、人即神」とか「神人一如」とか言うんですが、要するに人間を含めて森羅万象ことごとく神性がある、その神性に帰一するんである…みたいなもんですね。
そうですね。
>これは教説としては江戸期の垂加神道に強く出てますよ。
たぶんそうです。で、明治の「教育勅語」にも反映されているんですね(明治って神仏物理で仏教排撃というふうに思われがちですけど、神道の教理ってどちらかといえば、何もないといいますか、半ば仏教プラスアルファでしかありません)
すいません。以前のパソコンに、自分なりのレジメつくっていたんですが、壊れてしまって、記憶ボロボロ。。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー (無題) 投稿者:芥屋 投稿日:03/18(金)
21:38 No.3650 [削除]
>「本覚思想」って、日本固有なんですよ。
ん?そうなんですか? ちょっと調べたんですが、修行してこそ悟りが得られるとする「始覚」に対し、「本覚」では「煩悩即菩提」「生死即涅槃」とかに表れた思想だとするようで、これそのものは漢土の天台宗にあるように見ましたが。ただ、そこから更に進んで森羅万象に仏性を見るのは日本的というのか、そこが神道的になるのではないかな?と。
>(明治って神仏物理で仏教排撃というふうに思われがちですけど、神道の教理ってどちらかといえば、何もないといいますか、半ば仏教プラスアルファでしかありません)
んなこたぁないでしょう。統一教義を定めまいとする気風はありますが、歴史上、多くの神道説があって、教理的なものは捨てるほどあります。
仏説に借りたものしかないとか、儒説に借りたものしかないとかの批判は江戸期にあり、それが国学(古神道)の興隆だったりします。でも、実際には結構古くからあります。また、仏説や儒説を借りずに和語だけで説くのが純神道であるとの国学的な思想については、言語学的な価値は認めつつも、あまりに偏狭であって、仏教や儒学への包容性を欠いたものである、尚古の気風が強すぎて近古の営為を認めぬのは如何との批判もありますね。
要するにですね、外来の教説を用いたら神道ではないんだみたいな国学的立場もあるんですが、それは江戸期の現実の教説に向けられた時代的な批判であって、日本人の思考様式を広く捉えたら、元は外来の教説であっても日本人に合った思想形成があるんですよ。仏説や儒説や洋学の理知を取り込んでいるから神道ではない、であるからして神道には何も無いんだみたいな発想は主客転倒だと思います。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー (無題) 投稿者:gaji 投稿日:03/19(土)
17:00 No.3662 [削除]
>>「本覚思想」って、日本固有なんですよ。
>ん?そうなんですか? >ちょっと調べたんですが、修行してこそ悟りが得られるとする「始覚」に対し、「本覚」では「煩悩即菩提」「生死即涅槃」とかに表れた思想だとするようで、これそのものは漢土の天台宗にあるように見ましたが。
そうです。インド・中国経由ですが、日本風に発展したものということです。
>ただ、そこから更に進んで森羅万象に仏性を見るのは日本的というのか、そこが神道的になるのではないかな?と。
そうもいえるのでしょう。数年前に読んだ本によれば、 《「本覚思想」は「本」なる円周内に位置しそこで「迹」として秩序正しく「和」しているものに対しては寛大この上ない包括主義となるものの、それを「論理(言葉)」によって批判し否定するものに対しては、あたかも明恵が法然を「別衆」として排除し「偏執」と詰ったように、自分たちがこれまで守ってきた「習慣」という「事実」に訴えて相手を切り捨てんとする排他主義に転ずるが、日乗はいわばその「本覚思想」を地で行ったのである。(※日乗vsロレンソの論争のこと)》(袴谷憲昭『法然と明恵』136pより)
仲間うちでの「和」、ナァナァっぽい感じでしょうか。。
>>(明治って神仏物理で仏教排撃というふうに思われがちですけど、神道の教理ってどちらかといえば、何もないといいますか、半ば仏教プラスアルファでしかありません)
>んなこたぁないでしょう。統一教義を定めまいとする気風はありますが、歴史上、多くの神道説があって、教理的なものは捨てるほどあります。 >仏説に借りたものしかないとか、儒説に借りたものしかないとかの批判は江戸期にあり、それが国学(古神道)の興隆だったりします。でも、実際には結構古くからあります。また、仏説や儒説を借りずに和語だけで説くのが純神道であるとの国学的な思想については、言語学的な価値は認めつつも、あまりに偏狭であって、仏教や儒学への包容性を欠いたものである、尚古の気風が強すぎて近古の営為を認めぬのは如何との批判もありますね。 >要するにですね、外来の教説を用いたら神道ではないんだみたいな国学的立場もあるんですが、それは江戸期の現実の教説に向けられた時代的な批判であって、日本人の思考様式を広く捉えたら、元は外来の教説であっても日本人に合った思想形成があるんですよ。仏説や儒説や洋学の理知を取り込んでいるから神道ではない、であるからして神道には何も無いんだみたいな発想は主客転倒だと思います。
こういった説もありますが。。
---------------- 日本人は渡来した仏教と出会うことによって初めて自己の「神道」を自覚させられたのであり、仏教伝来以前においては未だ「神道」は存立していなかったと言えるのである。
この時期の神道は、それゆえ、厳密には「神道」とは言えないのであり、自然界の日月星辰・山川草木・動物などに宿る霊異をカミとして崇拝し、人間やその霊魂をやはりカミとして尊信し、これを祭る行事を共同にするという祭祀儀礼の共同を意味していた。共通のカミを崇拝・尊信の対象とする共同体の共同の行事としての祭祀があるのみで、神観等に関する理論や教理の自覚はなかったというのが、神道以前と呼ぶこの時期の実態であった。
(43p)
しかし、すでに、古神道の形成過程を見ても明らかなように、他地域の異文化からの影響を排除した日本独自の文化的伝統というようなものは、単なる観念の産物としてはあり得ても、歴史に照らして見るとき、それは存立し得ない。およそ文化事象については、特定地域に固有でそれ自体として独立なものはあり得ず、他地域の異文化との交流と交配の中で形成されてくるのであるから、純粋種ではなくて雑種こそが文化の本来の相なのである。その意味で、古神道を純神道あるいは固有神道と称することは避けなければならない。
(45p)
『名法要集』(gaji注:吉田兼倶)を一覧するとき、そこには仏教・儒教・道教等の経典からの頻繁かつ広範囲に亘る引用・援用の例が目立つており、この論書の展開する神道論が、その内容と形式との両面において、外来の教法の複合・混淆によって構成されていることは、歴然たる事実なのである。
それにもかかわらず、兼倶は、自家の神道について、「大織冠ノ仰セ」として、「吾ガ唯一神道ハ、天地ヲ以テ書籍ト為シ、日月ヲ以テ証明ト為ス」(「大織冠仰云。吾唯一神道者。以天地為書籍。以日月為証明」と言明し、経典(書籍)も教理(証明)も元来不要である「純一無雑ノ密意」としての神道を標榜したのである。
そもそも天地自然の現象を書物と見立ててそこに真理を読み取り、日月星辰の運行を仰いでそこに教理の顕現を見るというのは、理論的自覚以前すなわち「神道以前」の段階である。兼倶のめざした究極の神道が、このような性格のものであるということは、彼が神道以前への復古を志向していたことを示すものではあるまいか。
(55p)
--http://www.jp.tku.edu.tw/japanese/7/P43.htm より (筑波大学哲学・思想学会『哲学・思想論争』第15号)
「神仏分離は、中世以降支配的だった仏教の影響を排し、神道を復古するものと銘打って行われた。しかし現実には、復古すべき「神道」は、仏教以前に存在したわけでもなく、宗教としての実体を伴ったものでもなく、近世に机上で考えられたものの域を出なかった」 http://homepage.mac.com/ryomasuda/Saigoku/history/KamiGami/intr1.htmlより
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー (無題) 投稿者:芥屋 投稿日:03/21(月)
23:04 No.3699 [削除]
>gajiさん
�)楹仍彖枷稟宿�分について。
引用された、袴谷憲昭『法然と明恵』136pからの抜粋の箇所を読むと、ここは「本覚」だけではなく「本地垂迹」も含めた、論者の結論部分であるように見えます。本覚と本地垂迹がどのように相まって、日本仏教としてこういう負の面を出したと袴谷氏が言っているのか、これだけではさっぱりワカリマセンでした。
>仲間うちでの「和」、ナァナァっぽい感じでしょうか。。
袴谷氏の論考はさておき、gajiさんの本覚思想批判(ひいては神道批判)が、ここにあるのだと示唆されているように思います。中身の無いナァナァな「和」と、その反面としての排除・排外を神道に感じられているのかな? そして神道化した日本仏教(神仏習合)を、いわば“純仏教”もしくは“自立した近代人”の側から批判する気分、そんなことを感じました。
�∧�教渡来前の神祇信仰について。
ご紹介いただいた筑波大学…というか、台湾の淡江大学日本研究所のHPのコンテンツなのですが、実はこの広神清氏の論考、私も以前に見て示唆を受けること多かったのです。で、これは私への反論の形で引用されているのでしょうか?それを不思議に思い、内容をもう一度よく読んでみて、感じたことを書きます。
私はgajiさんの、
>(明治って神仏物理で仏教排撃というふうに思われがちですけど、神道の教理ってどちらかといえば、何もないといいますか、半ば仏教プラスアルファでしかありません)
への反論として、3650レスを書きました。明治維新の時点での話ですから、既に儒仏によらぬ教理は多く存在していることを挙げつつ、一方で、国学的神道の功罪の面を紹介しました。これはまさしく広神氏の論文冒頭、p43の導入部で述べられていることです。これに対しgajiさんは3662レスで、広神氏の論文から抜粋する形で仏教渡来前の神祇信仰の例などを挙げて反論の形をとっているわけですが、私がコンパクトに書いたことは、この広神氏が詳しく述べていることとほぼ同じです。広神氏の論考は、神道の教理なんて何も無いんだみたいなことは全く言っておりません。
gajiさんが引用された部分について見れば、
>>日本人は渡来した仏教と出会うことによって初めて自己の「神道」を自覚させられたのであり、仏教伝来以前においては未だ「神道」は存立していなかったと言えるのである。>>
…と「」付きで注意を促して言うのも、
>>日本書紀』(巻第二一)が用明天皇(在位五八五〜五八七)の神仏に対する態度として伝える「天皇、仏法(ほとけのみのり)を信(う)けたまひ神道(かみのみち)を尊びたまふ」(天皇信仏法尊神道)という記事が、この時期の神仏関係の基本的性格を示していると言ってよい。ここに言われる「神道」はもちろん古神道のことであり、後の時代の神道を言うのではなく、天神地祇のことである。(p45)>>
…ということを踏まえてのものです。これは神道史を神道の側で学ぶ場合でも常識的なことです。仏の「法」と神の「道」が対置されていることに注目したら解りやすいです。「道(みち)」を行うに「法(のり)」によってする、そういう受容でもあります。
広神氏は、仏教渡来時点の古代の神祇信仰としての「神道」の語が、後世に成立宗教を指す語としての「神道」に変遷していった過程、どのように仏教や儒教と混じったり除かれたりしながら教理を成立させていったか、その「精神史」とでも言うか、まさに「自己意識と他者意識」との観点から哲学的アプローチを試みているわけです。その意味で、儒仏を排した国学流を古神道と言い、時に純神道とも言いますが、広神氏はこう言うわけです。
>>その意味で、古神道を純神道あるいは固有神道と称することは避けなければならない。(p45)>>
日本人が無信仰・無信心であったところに仏教が入ってきて儒教や道教と混交を繰り返したのであれば、仏教の日本化などと言う現象は起こりません。漢土と同じものになるでしょう。仏教の側からは、仏教はその教説の中に、在地の神々を吸収し守護神化していく機能があるという説明も読んだことがあります。したがって、仏教は在地の信仰を包摂して初めて信仰足りえるのであって、それがなくば印度哲学としてのみ残るわけですね。
で、広神氏の論考も惜しむらくは、紙に書かれた理論が無ければ教理のようなものが無いという考えと識別しづらいことです。あるいは広神氏自身に、その視点が欠けているのかもしれません。しかし、先に紹介した物部氏の例を挙げれば解りやすい。彼らはその名も「布留(ふる)」の地にて石上神宮に奉斎しておりますが、今でも「みたまふり」と言う言葉がありますが、まさにそれを主宰していたようです。
「布留の神杉 神さぶる 恋をもわれはさらにするかも」柿本人麻呂
魂を振るわす。死者の魂を振るわせて慰める、呼ぶ、生者の魂を振るわせて力づける、湧き立たせる。死者生者を問わず、鎮魂・慰霊・招魂・慰撫・鼓舞…。こうした呪術は当時広く行われていたでしょうが、物部がその主宰者であったとすれば、彼らが仏教と衝突したのはわかるような気がしませんか? 仏教の説く教理の死生観、魂というものへの考え方・感じ方が、決定的に違っていたからではないか。
例えば、死者は十万億土の彼岸浄土へ行くのだとか、それは成仏できた人間だけなのだとか。親子親族男女の情愛も我執のなせる煩悩として寂滅させるべきだとし、その修行のために出家を勧める。そうなのであれば、「みたまふり」など、何の意味がありましょう。仏像を海にポイポイしちゃった物部の反感や懸念は、単に精神的な排外性、政治的な保守性だったのか。紙に書かれた理論が無ければ、教理のようなものは何も無いと言えるのでしょうか。
物部の主力は蘇我に討たれたけれど、彼らの懸念は、やがて仏教が広く日本に広まり日本化して定着する中で、逆説的に解消されたように思えます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー (無題) 投稿者:gaji 投稿日:03/22(火)
20:46 No.3703 [削除]
>�)楹仍彖枷稟宿�分について。
>引用された、袴谷憲昭『法然と明恵』136pからの抜粋の箇所を読むと、ここは「本覚」だけではなく「本地垂迹」も含めた、論者の結論部分であるように見えます。本覚と本地垂迹がどのように相まって、日本仏教としてこういう負の面を出したと袴谷氏が言っているのか、これだけではさっぱりワカリマセンでした。
ここだけでは、分かりにくいですよね。図書館から借りて数年前に読んだもので、いま手元になく。。忘れてしまってもいますし。。 http://www001.upp.so-net.ne.jp/jble/recenzo/rec-j03.html http://blog.goo.ne.jp/a1214/d/20041214
袴谷は日本の仏教は非仏教≒本覚思想であると言ってるんですね。で、その本覚思想というのは土着思想に近いもので、アニミズム、梵我一如(アートマン≒ブラフマン)、現状肯定、あるがままの現実肯定なわけですから、踏みつけられているひとは踏みつけられたままにOKなんです。そういった意味では差別を支える思想でもあると。 私などはけっこうアニミズムは馴染んでいる考え方なのですが、うーん、どうしていけないのかな?とも思ったり。
>>仲間うちでの「和」、ナァナァっぽい感じでしょうか。。
>袴谷氏の論考はさておき、gajiさんの本覚思想批判(ひいては神道批判)が、ここにあるのだと示唆されているように思います。中身の無いナァナァな「和」と、
「和」自体は否定したくないんですよ。でも、やはり例えばBBSなどにもいえることですよね。和の内側にいるものに対しては居心地がいい空間だったりするような。でも、その内側っていうのは外(排除される側)があっての内側だったりしてます。
>その反面としての排除・排外を神道に感じられているのかな? そして神道化した日本仏教(神仏習合)を、いわば“純仏教”もしくは“自立した近代人”の側から批判する気分、そんなことを感じました。
「神道に感じ」ているわけではないんですよ(国家神道は別にして、八百万的な神々に関しては親近感がありますよ。私の旧姓って某神社^^であったという些細な事情からかもしれません)。疑問を感じているのは、いわゆる「本覚思想」のほうにです。
>�∧�教渡来前の神祇信仰について。
>ご紹介いただいた筑波大学…というか、台湾の淡江大学日本研究所のHPのコンテンツなのですが、実はこの広神清氏の論考、私も以前に見て示唆を受けること多かったのです。
あ、そうだったんですか。このサイトは2年くらい前に偶然、ROMしたものです。
>で、これは私への反論の形で引用されているのでしょうか?それを不思議に思い、内容をもう一度よく読んでみて、感じたことを書きます。
>私はgajiさんの、 >>(明治って神仏物理で仏教排撃というふうに思われがちですけど、神道の教理ってどちらかといえば、何もないといいますか、半ば仏教プラスアルファでしかありません) >への反論として、3650レスを書きました。明治維新の時点での話ですから、既に儒仏によらぬ教理は多く存在していることを挙げつつ、一方で、国学的神道の功罪の面を紹介しました。これはまさしく広神氏の論文冒頭、p43の導入部で述べられていることです。これに対しgajiさんは3662レスで、広神氏の論文から抜粋する形で仏教渡来前の神祇信仰の例などを挙げて反論の形をとっているわけですが、私がコンパクトに書いたことは、この広神氏が詳しく述べていることとほぼ同じです。広神氏の論考は、神道の教理なんて何も無いんだみたいなことは全く言っておりません。
反論というほどのものでもないんですよ。かつて読んだものを思い出したので、そういえば「こういう説も、、」ということでした。で、多く存在している教理というのは必ずしもオリジナルといえないのでは、、という「説」の紹介として、でありました。
ーーーー 余震がつづいていますね。。ネットどころではないかもしれませんが、とりいそぎ。
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おそらくは、このときから続いている、齟齬です。
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Re:冒涜 |
tpkn |
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2005/12/19 20:23 |
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>
ていうかURL先で確認可能デツ。
だったらいちいちコピーすんなよ阿呆。
要するにアレですよ。かつてベルナルル先生がなんとかっつー学校の先生に対してやらかしたのとか、ピエールがわしに対してやらかしたのとかと極めて似通った、品性下劣なやりとりが行われてたということですよ>シカゴさん
マジメに話す相手の、話をそらして、すり替えて、揶揄して、愚弄して、あげくの果てに…。というパターン。
こんなものを「経緯」も知らずに擁護するのは、単なるガジ教。
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Re:常識…… |
ROMしいてる者 |
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2005/12/19 20:20 |
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> >
「常識をわきまえろ」と言う人はもちろん常識に則って行動しているものと他人は思いがちであるが、果たしてそうなのだろうか。 >
>
そうでないと思うなら、どこが「常識」たりえないのか、おまえが説明すりゃいいでしょう。
すでに述べた。
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Re:冒涜 |
gaji |
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2005/12/19 20:19 |
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>
コピーすんなら自分に都合の悪いとこも全部コピーしなよ(w
それまでの「経緯」ですから。ていうかURL先で確認可能デツ。
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遡ってみました |
gaji |
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2005/12/19 20:15 |
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ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 神さまのご成長 投稿者:桜子 投稿日:02/14(月)
22:25 No.3310 [削除]
南極二号さま ■No.3309 >
大嘗祭の祭壇に糞尿ぶちまけた阿呆な神さんもおるわけやから、
「大嘗祭の祭壇」ではなく天照大神がなさる「新嘗祭」です。 大嘗祭は、ご報告をして、天皇靈をいただくおまつりですから、天皇の即位の後です。
「阿呆な」ですか。(o ̄∇ ̄)o
素戔嗚尊の「勝荒び(かちさび)」と言われています。 まあ、まだ成長していなかったのでしょう。 天照大神さまもそうです。 ヒステリーをおこして岩戸に隠れておしまいになるのですからね。 そのあとお二人とも成長なさって、素戔嗚尊は退治した八岐大蛇(やまたのおろち)の尾から出た草薙剣を天照大神さまに献上します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「阿呆な神さん」(スサノオ)や「ヒステリー」(アマテラス)のときは、特に芥屋さんはお怒りではならなかった。
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Re:常識…… |
tpkn |
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2005/12/19 20:11 |
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>
「常識をわきまえろ」と言う人はもちろん常識に則って行動しているものと他人は思いがちであるが、果たしてそうなのだろうか。
そうでないと思うなら、どこが「常識」たりえないのか、おまえが説明すりゃいいでしょう。
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Re:冒涜 |
tpkn |
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2005/12/19 20:10 |
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>
直前の「経緯」としては、、
コピーすんなら自分に都合の悪いとこも全部コピーしなよ(w
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Re:冒涜 |
tpkn |
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2005/12/19 20:08 |
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>
どんな経緯があったのかはしりませんが、「冒涜」などという信仰用語をもちだした時点で議論はおしまいということでしょう。ある宗教を信仰する者からみれば、その宗教を信じていないものがおこなうそれに関する第三者的な分析や感想はある種の「冒涜」になってしまうのは避けようがありません。
いや、それは「経緯」を知らない人が言うべきではないでしょう。たとえばそれが「第三者的な分析や感想」にとどまるものでない場合、「冒涜」と言うしかない言説はあります。たとえばキリスト者に向かって「キリストなんて信じてるのはバカだ」と言えば、これは第三者的な分析でも感想でもなく、単なる冒涜でしょう。がじきんの場合は、極めてそれに近いですね。まあいつものアレですよ(w
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常識…… |
ROMしいてる者 |
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2005/12/19 19:36 |
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「常識をわきまえろ」と言う人はもちろん常識に則って行動しているものと他人は思いがちであるが、果たしてそうなのだろうか。
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…… Re:だったとわ |
ROMしいてる者 |
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2005/12/19 18:04 |
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> > > >tpknのやうに言葉がぞんざい^^になって、 > >
> 私はもともと、こんなんですよ・・・ > > アトダシにしかみえませんが。 >
嘘をつくな。 >
フェミナチ板での乱闘や、はんぞ〜〜さんや猫まんまさんへの罵倒を目の当たりにしてるはずだ。
芥屋氏は自分の足元をよく見る必要があるのではないかと俺は思う。 芥屋氏は己の罵倒を正しいかのように見ているようだがはたしてそうなのだろうか。
芥屋氏は罵倒をしているがそれは決して相手を叱っているのではない。己の感情に任せて怒っているだけである。だから八つ当たりも確実に入っていると俺は見ている。
フェミナチ版のことは知らないが、 猫まんま氏に対しての罵倒は猫まんま氏に罵倒されるまでの非があったわけではない。芥屋氏は猫まんま氏を罵倒することによって黙らせることは出来たが、猫まんま氏を腹の底から納得させられなかった。その前に罵倒を始めてしまったからである。
はんぞ〜〜氏に対しての罵倒は俺が知る限り芥屋氏の誤爆を挟んで2回あった。面白いことに誤爆をはさんだ2件の罵倒は同じような勢いでなされていた。では何が面白いか。
2回の罵倒の間に挟まれた誤爆を芥屋氏ははんぞ〜〜氏に甘えて落とし前をつけていない。何の誤爆かわからない者もいるだろうから簡単に説明すると、芥屋氏ははんぞ〜〜氏のレスに対し確かめもせず先入観のみで罵倒一歩手前のレスを返したのである。gaji氏が慌ててお茶を運ぶほどのものであった。
はんぞ〜〜氏は不思議なことに怒りもせず謝罪も求めず真意を述べただけであった。そして芥屋氏は誤解をしたことをはんぞ〜〜氏によってなかったことにしてもらって落とし前をつけず今日に至っている。そうであるのに芥屋氏ははんぞ〜〜氏を罵倒した。
誤爆をなかったtkように振舞ってくれたはんぞ〜〜氏に対してあの罵倒だ。確かにはんぞ〜〜氏に非はあった.が、果たしてあそこまで罵倒する必要があったのか。誤爆の落とし前をつけた上でのことであれば「是は是、非は非」とわきまえる男として見られるのではあるが芥屋氏は誤爆の落とし前をつけていないのだ。これが面白いところなのである。
俺が見るに猫まんま氏に対してもはんぞ〜〜氏に対しても過剰反応し過ぎに思える。はんぞ〜〜氏に対しての2回目の罵倒の時には芥屋氏は皇室問題をテーマとした議論のさなかであった。俺にはその微妙な問題をはらんでいそうな議論にストレスを感じた芥屋氏がそのはけ口をはんぞ〜〜氏に求めたとも言えるのではないかと睨んでいる。
gaji市に対する罵倒にもそういったニュアンスが含まれていないとは限らないのではないかと俺は思う。
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冒涜 |
シカゴ・ブルース |
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2005/12/19 17:16 |
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どんな経緯があったのかはしりませんが、「冒涜」などという信仰用語をもちだした時点で議論はおしまいということでしょう。ある宗教を信仰する者からみれば、その宗教を信じていないものがおこなうそれに関する第三者的な分析や感想はある種の「冒涜」になってしまうのは避けようがありません。
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Re:6245 |
gaji |
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2005/12/19 12:15 |
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> 琴にしては低音が響きすぎだ。 > 琴と他の楽器との合奏なのか。 >
それとも合成なのか。わかりません。
ピアノだと思いますが。 子守唄
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6245 |
工藤猛 |
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2005/12/19 09:31 |
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琴にしては低音が響きすぎだ。 琴と他の楽器との合奏なのか。 それとも合成なのか。わかりません。
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Re:とわ |
gaji |
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2005/12/19 02:06 |
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>
常識をわきまえるかわきまえないかは、あんたの問題だ。
そうですよ。 あなたに言われる筋合いのものではありません。
私のことは私が判断します。
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…… |
gaji |
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2005/12/19 01:56 |
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http://my.reset.jp/~anima/kkk/lullaby/mid/L_hakata.mid(音アリ)
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Re:だったとわ |
gaji |
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2005/12/19 01:55 |
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沖の住むまでどうぞ。
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Re:だったとわ |
芥屋 |
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2005/12/19 01:39 |
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×耳障りではないから、そういうくだらん誤り方するなら無用のことだ。 ↓ ○耳障りではないから、そういうくだらん謝り方するなら無用のことだ。
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Re:だったとわ |
芥屋 |
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2005/12/19 01:37 |
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> > >
要するに、芥屋さんご自身の問題だということです(相手によって違うのですから)。 > > >
あほか。おまえの非常識さが問題なんだから、それを指摘したやつのせいにすんなよ。 > >
芥屋さんのせいにしてはいませんよ。 >
「問題」にしているのは、(ムジカクな)私ではなく芥屋さんだということ。
おまえが自覚できない自分の問題を、相手が問題にしているんだろうが。 だから相手の問題じゃなくて、自分の問題だろ。ほんとバカだな。
>
覚えが悪いので、あまり期待しないでクダタイ。
期待はしてないけど、忘れてるようだったら、また言いまつ。
>
もちろん、ときに口調が変化するというのは目の当たりにしていますよ。
だったらアトダシとか言うなよ。
>
私は真面目に応えていただけですが。
普通、冒涜って真面目になされるもんだろ。 ふざけて冒涜する超バカもいるだろうけどね。
> > 俺はどっちでもいいよ。結局は、あんた自身の問題だろ? > >
私の応え方が、芥屋さんには「相手の信仰を愚弄」すると受け止められてしまったことは事実ですね。
事実として愚弄していたからね。
> 耳障りなことを言ってしまい「失礼しました」ということです。 >
以降、気をつけたく思います。
耳障りではないから、そういうくだらん誤り方するなら無用のことだ。 そんなおわびにもならん言い訳をくっつけるようだと、 気をつけるというのも口先だけだとしか思えん。
>
ですが、芥屋さんに対するレスではないなかでのことまで、神経を使わなければならない、というのは、おそらくムリです。
公の場で神仏の悪口を言うな、よその宗派の悪口を軽々しく言うな。 俺に対するレスだろうがなかろうが、本気で「気をつける」つもりなら、 できるはずじゃないか。子供にもできることだ。それがムリだと言ってる時点で、 あんたのはムチャクチャ嘘臭いんだよ。
>どうしてそこまで私が芥屋さんの意向に合わせなければならないので瀬う。雇用人でもないのに(w
常識をわきまえるかわきまえないかは、あんたの問題だ。
> > > >
んぁ〜、じゃぁ、年上のお姉さんらしく常識はわきまえてくださいな。 > > >
ンなこと私に言われてましても…(w > > あんたに言わなきゃ誰に言うんだよ、あほかおまえ。 >
>
私に言っても無駄かと思いますよ。
じゃぁ、「年下の♂が、おまえ、って・・・」とか言うなよ。
>
《その他「無言のロム者を含む」》……サイレントマジョリティーですか。。
神様のことあんな言い方して・・・と思うのは俺だけじゃないだろ、どう考えたって。 神仏の話するなら当たり前じゃんか。
>
マリスさんのやうなことをおっしゃる(ex.従軍慰安婦の件でのやりとり)。
知らんがそんなことは。
> > 「アタシがこう思ってるんだからいいジャン」でつか? > >
そういったことは言っていないのですが。
言ってますが? ******* >これと同じ事をクリスチャンやムスリムの面前で言えるのか?
「ただのバカ〜じゃん」といったことを、同様に「言えるのか」ということですか、、?
ていうか、なぜ言わなければならないのですか?
キリスト教もイスラム教も、母体はユダヤ教です。ユダヤ教の教祖(≒皇祖神?)ストーリーに関して私はまったくの無知ですので、「〜じゃん」といったことは、言おうにも言いようがありません。
てゆーか、芥屋さんの問い自体、意味不明です。
「イエスってバカ男じゃん」「マホメットってバカ男ジャン」というふうに、信者に対して私が面と向かって言えるのか?ということだとしたら、
「イエスってバカじゃん」とか「マホメットってバカじゃん」と、思ったことは私は一度もないですので、思わないことは、フツー言わないし言いマテンよ。 *******
ね?「アタシがバカだと思ったから言う。アタシがバカだと思わなきゃ言わない」ってだけのことじゃん。
>
「世間を言い訳」にしているのはどちらでしょうか。
言い訳にはしてないじゃん。俺が、あんたに、そう思った。そしてそれは常識的なことでしかない。 それを何であんたに言うかといえば、今後ともウェブ上の人間関係のある中での話だからだ、と。
>
「世間(世間の常識)」をふりかざし、シトをヒジョウシキだと言っているのは、、、以下(ry
幼稚に「世間」を振りかざしたのはあんただが? ほんまに、自分で言ったことさえ相手のせいにする腐れやなw
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Re:だったとわ |
gaji@ヒジョウシキ |
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2005/12/19 00:59 |
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> > >
>要するに、私が「神道」を冒涜した(とお感じになった)、ということですか。。 > >
要するに、芥屋さんご自身の問題だということです(相手によって違うのですから)。
>
あほか。おまえの非常識さが問題なんだから、それを指摘したやつのせいにすんなよ。
芥屋さんのせいにしてはいませんよ。 「問題」にしているのは、(ムジカクな)私ではなく芥屋さんだということ。
>
>「別の事例」といっても「例」ですから、なんらかの通底項がなければ、「事例」になりませんよ。 >
マルコさんもそう思うんならそれまでの話だろ? >
自分の非常識が自覚できないおまえがどうこういう話じゃないだろ。
> > 神道を冒涜した覚えもありません。 >
覚えがなかったなら、今後は覚えておくように。
覚えが悪いので、あまり期待しないでクダタイ。
> > > >tpknのやうに言葉がぞんざい^^になって、 > >
> 私はもともと、こんなんですよ・・・ > > アトダシにしかみえませんが。 >
嘘をつくな。 >
フェミナチ板での乱闘や、はんぞ〜〜さんや猫まんまさんへの罵倒を目の当たりにしてるはずだ。
もちろん、ときに口調が変化するというのは目の当たりにしていますよ。 で、どういうときかというと、(←ご自身がご存じで背う)
> >「さんざん相手の信仰を愚弄」? > そういうこと。 > >
芥屋さんにとって、耳障りだったということですね。 >
別に。2chでありがちな、人間関係抜きの便所の落書きみたいな書き捨て投稿ならいいよ。
>
でも、こんな感じで今後ともコテハンどうしで神仏の話をマジメに交わす気があるのかどうか、それを聞いてるわけだ。そんなこともわからんようだから、ほんとにこういう話をあんたがしたいのなら、最低限の常識をわきまえてくれと言ってるんじゃないか。
私は真面目に応えていただけですが。
>
俺はどっちでもいいよ。結局は、あんた自身の問題だろ?
私の応え方が、芥屋さんには「相手の信仰を愚弄」すると受け止められてしまったことは事実ですね。
> > 失礼しました。 >
わかってんのか?わかって言ってなきゃ意味ない台詞だけど?
耳障りなことを言ってしまい「失礼しました」ということです。 以降、気をつけたく思います。
ですが、芥屋さんに対するレスではないなかでのことまで、神経を使わなければならない、というのは、おそらくムリです。どうしてそこまで私が芥屋さんの意向に合わせなければならないので瀬う。雇用人でもないのに(w
> > >
んぁ〜、じゃぁ、年上のお姉さんらしく常識はわきまえてくださいな。 > >
ンなこと私に言われてましても…(w >
あんたに言わなきゃ誰に言うんだよ、あほかおまえ。
私に言っても無駄かと思いますよ。
> > そういった「信仰史」をご自身の”信仰”に結びつけられましても。。 >
俺その他(無言のロム者を含む)の信仰に関わる話を、あんたがしてるんじゃないか。
《その他「無言のロム者を含む」》……サイレントマジョリティーですか。。 マリスさんのやうなことをおっしゃる(ex.従軍慰安婦の件でのやりとり)。
>
「アタシがこう思ってるんだからいいジャン」でつか?
そういったことは言っていないのですが。
> > それでは、話もできませんyo >
すんなよ、こんな子供でもわかりそうなことさえわからんのなら。
> >
世間でもよくいいますね(暗黙の了解領域)。(個人の)宗教・信仰の話はタブーだと。 >
おまえのような幼稚なレベルで言ってるわけじゃないだろ。世間の常識がわからん奴が、 >
世間を言い訳にすんな、甘ったれ婆ァがw
「世間を言い訳」にしているのはどちらでしょうか。
「世間(世間の常識)」をふりかざし、シトをヒジョウシキだと言っているのは、、、以下(ry
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Re:危ない危ない |
gaji@静電気体質? |
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2005/12/19 00:13 |
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>  >
http://members.at.infoseek.co.jp/zillah/sc/sg/sgplay.htmlフクロモモンガ
静電気対策 静電気
放電の仕方をケンキュー中でした。
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危ない(w |
gaji |
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2005/12/19 00:10 |
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 http://members.at.infoseek.co.jp/zillah/sc/sg/sgplay.htmlフクロモモンガ
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| 6238 |
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Re:だったとわ |
芥屋 |
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 |
2005/12/19 00:10 |
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> >
>要するに、私が「神道」を冒涜した(とお感じになった)、ということですか。。 > > >
要するに、芥屋さんご自身の問題だということです(相手によって違うのですから)。
あほか。おまえの非常識さが問題なんだから、それを指摘したやつのせいにすんなよ。
>「別の事例」といっても「例」ですから、なんらかの通底項がなければ、「事例」になりませんよ。
マルコさんもそう思うんならそれまでの話だろ? 自分の非常識が自覚できないおまえがどうこういう話じゃないだろ。
>
神道を冒涜した覚えもありません。
覚えがなかったなら、今後は覚えておくように。
> > >tpknのやうに言葉がぞんざい^^になって、 > >
私はもともと、こんなんですよ・・・ > >
アトダシにしかみえませんが。
嘘をつくな。 フェミナチ板での乱闘や、はんぞ〜〜さんや猫まんまさんへの罵倒を目の当たりにしてるはずだ。
>「さんざん相手の信仰を愚弄」?
そういうこと。
>
芥屋さんにとって、耳障りだったということですね。
別に。2chでありがちな、人間関係抜きの便所の落書きみたいな書き捨て投稿ならいいよ。
でも、こんな感じで今後ともコテハンどうしで神仏の話をマジメに交わす気があるのかどうか、それを聞いてるわけだ。そんなこともわからんようだから、ほんとにこういう話をあんたがしたいのなら、最低限の常識をわきまえてくれと言ってるんじゃないか。
俺はどっちでもいいよ。結局は、あんた自身の問題だろ?
>
失礼しました。
わかってんのか?わかって言ってなきゃ意味ない台詞だけど?
> > んぁ〜、じゃぁ、年上のお姉さんらしく常識はわきまえてくださいな。 >
>
ンなこと私に言われてましても…(w
あんたに言わなきゃ誰に言うんだよ、あほかおまえ。
>
そういった「信仰史」をご自身の”信仰”に結びつけられましても。。
俺その他(無言のロム者を含む)の信仰に関わる話を、あんたがしてるんじゃないか。 「アタシがこう思ってるんだからいいジャン」でつか?
>
それでは、話もできませんyo
すんなよ、こんな子供でもわかりそうなことさえわからんのなら。
>
世間でもよくいいますね(暗黙の了解領域)。(個人の)宗教・信仰の話はタブーだと。
おまえのような幼稚なレベルで言ってるわけじゃないだろ。世間の常識がわからん奴が、 世間を言い訳にすんな、甘ったれ婆ァがw
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ボソ。。(ボナンゴでつ) |
gaji |
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2005/12/18 04:44 |
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なんていうか、、 「gajiさんが言うから怒った」というパタン。。 建築屋さんや地質屋さんを思い出してしまいました。
自分の考え方と違うことを言うとカッキーン。。
それって、自身の(投影)「像」に対するカッキーンかも。
オテアゲでつ。
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Re:だったとわ |
gaji |
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2005/12/18 04:33 |
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> >要するに、私が「神道」を冒涜した(とお感じになった)、ということですか。。 >
> ごく普通に言って、ここんとこのカキコは冒涜以外のなにものでもありませんよ。 >
その自覚すらないというのは、非常に問題だと思いますね。
>
つか、はっきり言って、天皇や神話へのこの種の冒涜には慣れてるので、 >
冒涜だから怒ったというよりは、gajiさんが言うから怒った、に近いです。 >
たとえば2chにはもっとひどいレスだっていっぱいあるが、怒ることもない。
> あなたのやってるのは冒涜ですがわかってますか?俺はもう怒ったよ?と、 >
ここは感情も含めてやっぱり伝えよう、そう思ったからなんですね。
要するに、芥屋さんご自身の問題だということです(相手によって違うのですから)。
> > tpknの精神的苦痛→芥屋さんの精神的苦痛 >
>ピエールタソの「独善による信仰の冒涜」→gajiの芥屋さんに対する「信仰の冒涜」 > >
>といったことではなかったのカナ、、と。 > >
いえ、そういう当てはめ方はしていません。 >
話がわかってないマルコさんに別の事例を読ませただけです。
「別の事例」といっても「例」ですから、なんらかの通底項がなければ、「事例」になりませんよ。
> >私は芥屋さんとこの「信仰」に関して”冒涜”した覚えはアリマテンよ。 >
> 浄土宗じゃなくって、神道のね。
神道を冒涜した覚えもありません。
> >tpknのやうに言葉がぞんざい^^になって、 >
私はもともと、こんなんですよ・・・
アトダシにしかみえませんが。
> >私を誹謗し始めちゃったり >
誹謗ではありません。さんざん相手の信仰を愚弄しておいて、それに対して冒涜だと批判したら >
自分への誹謗だというのは甘えにもほどがあるのではないでしょうか。
「さんざん相手の信仰を愚弄」?
芥屋さんにとって、耳障りだったということですね。 失礼しました。
> >年下の♂が私に「おまえ」っていうのはいったい、、(w > >
んぁ〜、じゃぁ、年上のお姉さんらしく常識はわきまえてくださいな。
ンなこと私に言われてましても…(w
>
>私は、(個人の)「信仰」に対する話をしているつもりは、まったくありませんでした。 >
>ですが、”信仰史”の話と芥屋さんは考えてらしたようでつ。 > >
神仏の信仰の歴史ですから信仰史ですが。何の話をしているつもりだったのでつか?
了解。「神仏の信仰の歴史」ということですね。 でしたら、「相手の信仰を愚弄」というのは、ヘンですね。
そういった「信仰史」をご自身の”信仰”に結びつけられましても。。
それでは、話もできませんyo 世間でもよくいいますね(暗黙の了解領域)。(個人の)宗教・信仰の話はタブーだと。
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Re:トプぼうやの「ぽち」だったとわ(w |
芥屋 |
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2005/12/17 02:22 |
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>勝ち負けに固執してたってことでしか?
「勝負してるわけじゃないから」って書いてるでしょ。
>要するに、私が「神道」を冒涜した(とお感じになった)、ということですか。。
ごく普通に言って、ここんとこのカキコは冒涜以外のなにものでもありませんよ。 その自覚すらないというのは、非常に問題だと思いますね。
つか、はっきり言って、天皇や神話へのこの種の冒涜には慣れてるので、 冒涜だから怒ったというよりは、gajiさんが言うから怒った、に近いです。 たとえば2chにはもっとひどいレスだっていっぱいあるが、怒ることもない。
あなたのやってるのは冒涜ですがわかってますか?俺はもう怒ったよ?と、 ここは感情も含めてやっぱり伝えよう、そう思ったからなんですね。
>なぜ、「読んでおくように」だったのか、、
間抜けなレスしたマルコビッチさんに、「読め」と言いますたw
>
tpknの精神的苦痛→芥屋さんの精神的苦痛 >ピエールタソの「独善による信仰の冒涜」→gajiの芥屋さんに対する「信仰の冒涜」
>といったことではなかったのカナ、、と。
いえ、そういう当てはめ方はしていません。 話がわかってないマルコさんに別の事例を読ませただけです。
>芥屋さんとこはウチッカタの実家と同じ「浄土宗」ということでしたし、 >私は芥屋さんとこの「信仰」に関して”冒涜”した覚えはアリマテンよ。
浄土宗じゃなくって、神道のね。
>tpknのやうに言葉がぞんざい^^になって、
私はもともと、こんなんですよ・・・
>私を誹謗し始めちゃったり
誹謗ではありません。さんざん相手の信仰を愚弄しておいて、それに対して冒涜だと批判したら 自分への誹謗だというのは甘えにもほどがあるのではないでしょうか。
>年下の♂が私に「おまえ」っていうのはいったい、、(w
んぁ〜、じゃぁ、年上のお姉さんらしく常識はわきまえてくださいな。
>私は、(個人の)「信仰」に対する話をしているつもりは、まったくありませんでした。 >ですが、”信仰史”の話と芥屋さんは考えてらしたようでつ。
神仏の信仰の歴史ですから信仰史ですが。何の話をしているつもりだったのでつか?
>ところで「信仰史」って何? >そういうの、あるんでしか?(ヴァカでスミバテン)
神道史も含め「宗教史」という言い方のほうが一般的かもしれませんが、gajiさんにとっては「神社(神道?)は、どう考えても宗教じゃありません」とのことですので(そういう人は多いでしょうし)、神道史を「宗教史」ではなく「信仰史」としました。
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Re:トプぼうやの「ぽち」だったとわ(w |
??¨???????????? |
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2005/12/16 22:48 |
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> >↑これじゃ、イマドンと同じ反応だよ…(w > >
そうでしか…。 > 「ぽち」っていう言い方はピントがズレていたかも。 > > >
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー > > > >
これも読んでおくように↓。*『(2)独善による信仰の冒涜』のとこね。 > > > >
http://www.geocities.co.jp/AnimalPark-Pochi/1512/dopierre.html >
> > > 要するに、私が「神道」を冒涜した(とお感じになった)、ということですか。。 >
> > > > >
フェチな方と知りつつ、カナーリ気遣っていたつもりなのでしたが、コリャりはダメポ? >
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー > > >
「読んでおくように↓」と芥屋さんが御指摘なさった部分は、以下のところデツ(ゴチ部分はbyガジ) > >
> >
(2)独善による信仰の冒涜(tpknが信ずる神および宗教を愚弄し、著しい精神的苦痛を与えた) >
ピエールはかつて田中荘掲示板で以下のような投稿を行った。 >
これらの中で、ピエールは以下のように述べ、私と私の家族の信仰を侮辱した。 > > >
「ヤオロズの神」を信仰してるんでしょ? > >
だったら、どうして信仰しているのか? 「こうこう、こういう世界観があって、それが俺に合っているんだよ」と
答えられるはずだ。 > > でなければ、その「信仰」は【ニセモノ】だ。 >
http://bbs2.otd.co.jp/16490/bbs_plain?base=15685&range=1 >
>
これはキリスト教で言えば、中世の宗教裁判を彷彿させる蒙昧な発想である。信仰と、信仰内容の解説は別物であり、神学を極めないからといって、あるキリスト者の信仰がニセモノであるということは言えない。同様に、神道のことを具体的に説明できないことをもって信仰を【ニセモノ】だなどと公の掲示板で書くことは、許されることではない。このような貧困な精神の持ち主であるピエールを、私は「社会のダニ」と規定し、以下のように反論したところ、当時の田中荘管理人笛二号(元川中島掲示板の管理人であるJan
Vermeer van
Matsumoto/管理笛こと大木晃=週刊金曜日松本読者会主宰/信州大学職員)は、それを「程度の低い罵倒」と決めつけ、私の投稿だけを削除した。 >
>
なぜあなたに私の信仰を本物だの偽物だのと断罪する権利があるんですか? うちの家族は正月にスサノオ神社に初詣に行き、一年間の無病息災を祈ります。先日は親戚一同が揃って先祖の五十年祭をやりました。うちの家族の信仰はニセモノですか? スピノザがユダヤ教徒であることも知らないあなたの無神論が本物ですか? それともキリスト教徒になったんですか? >
> > この反論に対し、住谷はさらに私の家族をも愚弄する発言を繰り返した。 > >
>
「信じるものの」の【実体】も説明できずに、「信仰している」と言い張るのは「嘘っぱち」だ、と言っているのです。すくなくとも、私にはそういう「信仰」の存在(形態?)が理解できないのです。「説明」できないなら、「こう感じている」でもOKですよ。 >
>
その「スサノオ」が貴方の家族にどのような関係性を持っているのですか? その「スサノオ」のお陰で貴方の家族は幸せに生きていけるのですか? もしそうだとしたら、それは何故ですか? その「スサノオ」が家族の命運を握っているからですか? その「五十年祭」はどのような意味があるのですか? その「お祭り」にはその「スサノオ」はどう関係してくるのですか? そもそも、その「スサノオ」はどんな性質の「神」(?)なのですか? >
http://bbs2.otd.co.jp/16490/bbs_plain?base=15701&range=1 >
>
これらのやりとりにより、私は非常に大きな精神的苦痛を受けた。よって謝罪を要求したが、いまだに罵倒しか返ってこない。その罵倒とは以下のような読むに耐えないものである。 >
> (スサノヲノミコトを指して) > > そんなオモチャみたいなもん、どうでもいいがな。 >
> こっちは「神道の世界観」に興味があるわけ。 > >
答えられないなら、「神道には世界観はない」で終わりなわけ。 > >
いい加減、わかったかよ、馬鹿野郎。 > > これ以上、世話焼かせんな、アホ! > >
> その「スサノオノミコト」とやらは、どんな力でこの世界に臨んでいるんだよ? > >
それに祈れば、裁判で勝てるの? そんなにスゴイの? >
http://6020.teacup.com/yoko1027/bbs > > >
日経新聞記者住谷史雄によるこのような暴言は、本人が目の前で土下座して謝らない限り、絶対に許すことはない。また、このような暴言を公の場で書く記者を飼っていることについて、日本経済新聞社にも説明を求める所存である。 >
http://www.geocities.co.jp/AnimalPark-Pochi/1512/dopierre.html >
> > なぜ、「読んでおくように」だったのか、、 >
私の(いつもながら当たったためしがナイ^^)勘(推量)でいえば、 > >
(『(2)独善による信仰の冒涜』での) > tpknの精神的苦痛→芥屋さんの精神的苦痛 >
ピエールタソの「独善による信仰の冒涜」→gajiの芥屋さんに対する「信仰の冒涜」 > > >
といったことではなかったのカナ、、と。 > > ですが、ンなこと言われても、、 >
> 芥屋さんとこはウチッカタの実家と同じ「浄土宗」ということでしたし、 >
私は芥屋さんとこの「信仰」に関して”冒涜”した覚えはアリマテンよ。 > >
私が《トプぼうやの「ぽち」》と言ったのは、tpknのやうに言葉がぞんざい^^になって、私を誹謗し始めちゃったり、まぁ、、この勢いっていったい、、 >
> 年下の♂が私に「おまえ」っていうのはいったい、、(w > >
まー、いいのでちが。。
↑これじゃ「おまえ」って言われてもしかたないよ…(w
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Re:桜子たま。 |
gaji |
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2005/12/16 21:21 |
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失礼。 http://bbs5.on.kidd.jp/?0501/4248の板でのことに対するレスでつ。
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桜子たま。 |
gaji |
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2005/12/16 21:14 |
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>閇天石屋戸而 投稿者:桜子 投稿日:12/15(木) 02:24
No.7269 [削除]
■No.7249 >>
え゙「原文」ですか。。↓(--;
>
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー >
故於是天照大御�淡�畏、開石屋戸而、刺許母理此三字以音。坐
(略)
>ところで、ご紹介の原文ですが >「開天石屋戸而」とは本当にそうでしょうか。 >「開ける」では意味がへんですよね。 >「閉じる」の異体字「閇」ではないでしょうか?
「故是(かれここ)に天照大御神見(み)畏みて、天(あめ)の岩屋戸(いはやと)を開きて刺許母理(さしこもり)坐(ま)しき。」 http://www.linkclub.or.jp/~pip/ututu/kami/furukotobumi/amasusa4.htmlより
とありますので、「開」でオケーでつ(岩屋戸を開けて、そこに入って閉じこもったということでし)。
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おそらくは、、 |
gaji |
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2005/12/16 20:32 |
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ボタンの掛け違いかと思われます。
私は、(個人の)「信仰」に対する話をしているつもりは、まったくありませんでした。 ですが、”信仰史”の話と芥屋さんは考えてらしたようでつ。
間違っていたらゴメンなさい。
ところで「信仰史」って何? そういうの、あるんでしか?(ヴァカでスミバテン)
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Re:トプぼうやの「ぽち」だったとわ(w |
gaji |
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2005/12/16 20:20 |
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>↑これじゃ、イマドンと同じ反応だよ…(w
そうでしか…。 「ぽち」っていう言い方はピントがズレていたかも。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー > > >
これも読んでおくように↓。*『(2)独善による信仰の冒涜』のとこね。 > > >
http://www.geocities.co.jp/AnimalPark-Pochi/1512/dopierre.html >
> 要するに、私が「神道」を冒涜した(とお感じになった)、ということですか。。 > >
>
フェチな方と知りつつ、カナーリ気遣っていたつもりなのでしたが、コリャりはダメポ? ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「読んでおくように↓」と芥屋さんが御指摘なさった部分は、以下のところデツ(ゴチ部分はbyガジ)
(2)独善による信仰の冒涜(tpknが信ずる神および宗教を愚弄し、著しい精神的苦痛を与えた) ピエールはかつて田中荘掲示板で以下のような投稿を行った。 これらの中で、ピエールは以下のように述べ、私と私の家族の信仰を侮辱した。
> 「ヤオロズの神」を信仰してるんでしょ? >
だったら、どうして信仰しているのか? 「こうこう、こういう世界観があって、それが俺に合っているんだよ」と
答えられるはずだ。 >
でなければ、その「信仰」は【ニセモノ】だ。 http://bbs2.otd.co.jp/16490/bbs_plain?base=15685&range=1
これはキリスト教で言えば、中世の宗教裁判を彷彿させる蒙昧な発想である。信仰と、信仰内容の解説は別物であり、神学を極めないからといって、あるキリスト者の信仰がニセモノであるということは言えない。同様に、神道のことを具体的に説明できないことをもって信仰を【ニセモノ】だなどと公の掲示板で書くことは、許されることではない。このような貧困な精神の持ち主であるピエールを、私は「社会のダニ」と規定し、以下のように反論したところ、当時の田中荘管理人笛二号(元川中島掲示板の管理人であるJan
Vermeer van
Matsumoto/管理笛こと大木晃=週刊金曜日松本読者会主宰/信州大学職員)は、それを「程度の低い罵倒」と決めつけ、私の投稿だけを削除した。
なぜあなたに私の信仰を本物だの偽物だのと断罪する権利があるんですか? うちの家族は正月にスサノオ神社に初詣に行き、一年間の無病息災を祈ります。先日は親戚一同が揃って先祖の五十年祭をやりました。うちの家族の信仰はニセモノですか? スピノザがユダヤ教徒であることも知らないあなたの無神論が本物ですか? それともキリスト教徒になったんですか?
この反論に対し、住谷はさらに私の家族をも愚弄する発言を繰り返した。
>
「信じるものの」の【実体】も説明できずに、「信仰している」と言い張るのは「嘘っぱち」だ、と言っているのです。すくなくとも、私にはそういう「信仰」の存在(形態?)が理解できないのです。「説明」できないなら、「こう感じている」でもOKですよ。
その「スサノオ」が貴方の家族にどのような関係性を持っているのですか? その「スサノオ」のお陰で貴方の家族は幸せに生きていけるのですか? もしそうだとしたら、それは何故ですか? その「スサノオ」が家族の命運を握っているからですか? その「五十年祭」はどのような意味があるのですか? その「お祭り」にはその「スサノオ」はどう関係してくるのですか? そもそも、その「スサノオ」はどんな性質の「神」(?)なのですか? http://bbs2.otd.co.jp/16490/bbs_plain?base=15701&range=1
これらのやりとりにより、私は非常に大きな精神的苦痛を受けた。よって謝罪を要求したが、いまだに罵倒しか返ってこない。その罵倒とは以下のような読むに耐えないものである。
(スサノヲノミコトを指して) > そんなオモチャみたいなもん、どうでもいいがな。 >
こっちは「神道の世界観」に興味があるわけ。 >
答えられないなら、「神道には世界観はない」で終わりなわけ。 >
いい加減、わかったかよ、馬鹿野郎。 > これ以上、世話焼かせんな、アホ!
> その「スサノオノミコト」とやらは、どんな力でこの世界に臨んでいるんだよ? >
それに祈れば、裁判で勝てるの? そんなにスゴイの? http://6020.teacup.com/yoko1027/bbs
日経新聞記者住谷史雄によるこのような暴言は、本人が目の前で土下座して謝らない限り、絶対に許すことはない。また、このような暴言を公の場で書く記者を飼っていることについて、日本経済新聞社にも説明を求める所存である。 http://www.geocities.co.jp/AnimalPark-Pochi/1512/dopierre.html
なぜ、「読んでおくように」だったのか、、 私の(いつもながら当たったためしがナイ^^)勘(推量)でいえば、
(『(2)独善による信仰の冒涜』での) tpknの精神的苦痛→芥屋さんの精神的苦痛 ピエールタソの「独善による信仰の冒涜」→gajiの芥屋さんに対する「信仰の冒涜」
といったことではなかったのカナ、、と。
ですが、ンなこと言われても、、
芥屋さんとこはウチッカタの実家と同じ「浄土宗」ということでしたし、 私は芥屋さんとこの「信仰」に関して”冒涜”した覚えはアリマテンよ。
私が《トプぼうやの「ぽち」》と言ったのは、tpknのやうに言葉がぞんざい^^になって、私を誹謗し始めちゃったり、まぁ、、この勢いっていったい、、
年下の♂が私に「おまえ」っていうのはいったい、、(w
まー、いいのでちが。。
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Re:トプぼうやの「ぽち」だったとわ(w |
tpkn |
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2005/12/16 09:07 |
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↑これじゃ、イマドンと同じ反応だよ…(w
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Re:トプぼうやの「ぽち」だったとわ(w |
gaji |
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2005/12/16 02:50 |
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> > これも読んでおくように↓。*『(2)独善による信仰の冒涜』のとこね。 >
>
http://www.geocities.co.jp/AnimalPark-Pochi/1512/dopierre.html
要するに、私が「神道」を冒涜した(とお感じになった)、ということですか。。
フェチな方と知りつつ、カナーリ気遣っていたつもりなのでしたが、コリャりはダメポ?
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トプぼうやの「ぽち」だったとわ(w |
gaji |
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2005/12/16 02:28 |
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(無題) 投稿者:tpkn 投稿日:12/16(金)
01:04 No.7279 [削除]
>
これも読んでおくように↓。*『(2)独善による信仰の冒涜』のとこね。 >
http://www.geocities.co.jp/AnimalPark-Pochi/1512/dopierre.html
なかなか詳しい記事ですね。これはonoさんにも評価の高かったやつだ。
-------------------------------------------------------------------------------- ちなみに 投稿者:芥屋 投稿日:12/15(木)
23:39 No.7278 [削除]
>
議論は感情的になった方が負け!
観戦モードでつか。でも勝負してるわけじゃないからw
仮に勝負がかった論戦をやる場合でも、感情的になったから負けということはない。「感情的になった方が負け」というのは、えてして感情的になると論理がグチャグチャになりやすいからなのね。
感情的になろうがなるまいが、論理的にメチャクチャなら論負けするのは当たり前。感情をあらわにしても、言ってることが正しければ論負けしません。これ、議論の基本でつ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
勝ち負けに固執してたってことでしか?
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Re:レスがコンガラリンで漬けにくいので、とりあえず、コピペ |
gaji |
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2005/12/15 23:16 |
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>
>「信仰」のことではなく「郷土史」なのですよ。推論はあるのにせよ、”加工”してはいないでしょう。 >
>
郷土史料をもとにした「信仰史」ではないのですか?
ちがうでしょう。(↓)
千里の神々
>信仰史でありながら信仰の内面の営為が等閑視されていれば、いかに史料を集めて論文を作ろうとも、それは史料の加工でしかないでしょう。
「信仰史」ではありませんので、、以下(ry。。。
> >いつから「信仰史」の話になったのでしょうか。 > >
gajiさんが神器の象徴性を問うたあたりからでしょう。ことにgajiさんが「神道」という言葉や、その変遷を問題にしてからは、もっぱら信仰史の話ですよね。
いいえ。私はそのような話はしていませんでしたよ。
>gajiさんは、ご自分が何の話をしているのかわからないんでしょうか。
??????
>
>ウチッカタの実家は「浄土宗」ですけれど、私はgaji教(要するに無神教)です。 >
神祇不拝、専修念仏・・・でしょ?
いいえ。
>
>ところで、お聞きしてもいいですか?「神道」って何ですか?
> そこで、下記のように新たに私のレスを入れながら問答形式にしました
(「>」の無いのが今回のレス)。一応これで、そのご質問に答えた形になっていると思います。 > >
【ga】 >
>「神道」という言葉自体は、中国の怪奇物っぽい本(4世紀だったか)が初出らしいです(何という本だったか、度忘れ。。)。 >
【芥】 > >あれ?そのあたりも紹介したサイトに出てたと思いますが。 > 【ga】 >
>忘れていました。《中国4C初頭の干宝の作と考えられる「捜神記」序文》でしたね。 >
http://www.interq.or.jp/www-user/fuushi/5-anc/kodaisi/ka-a-gensisin.htm >
【芥】 > そうすると、私が先にご紹介した下記のサイトによるものと併せると、 >
http://jinja.jp/faq/answer/06-01.html >
日本の神祇祭祀・神祇信仰を意味する「神道」の語は「仏法」に対比して用いられるようになったのが始まりで、その語句は漢語からの借用語であるが、漢土の古文献に見る「神道」の語は日本のそれとは異なる、ということがおわかりいただけるでしょう。 >
【ga】 >
>そういった「神祇信仰」は、日本にかぎらずどこにでも芽生えた信仰ですよね(原始宗教的なもの)。 >
【芥】 > >ジャンルの類型で言えばね。 > 【ga】 >
>ですね。様々な”原始宗教”がいろんな古代文明社会にかつてありました。 > 【芥】 >
>しかも、神道は単に原始宗教そのままなのではなく、歴史を経て現代に生きるものですが。 > 【ga】 >
>そうですか。 > 【芥】 >
>では「キリスト教も仏教も教義宗教」との理由で「同じもの」とするならナンセンス極まりないでしょ。 >
【ga】 > >ですね。どなたが言っているのでしょう? > 【芥】 >
誰も言いませんよね。日本の神祇信仰と世界各地の原始信仰との比較も、それと同じことで。 > 【ga】 >
>ちなみにキリスト教のバヤイ、各地の文化(宗教)を取り込みながら伝播していったのは周知の事実。 >
【芥】 >
そうですね。日本の神祇信仰・神祇祭祀も各地の文化(宗教)を取り込みながら伝承されて来ましたが、それが神道です。
ラジャでつ。
以下は数年前のやりとり、より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「日本古来の神祇信仰と外来の仏教が合体結合」などという表現を使用し「普遍宗教と基層信仰の結合の一形態」として神仏習合を捉えようするならば、「日本古来の神祇信仰」とは何かその実体を「日本古来」なる修辞に即して定義する事が前提条件となる。 かかる作業抜きでの構造分析は、「生きた実体であるカミ信仰」からの後出し補助仮説の導入により無限に敷衍/否定可能なものとなる。
『神仏習合』(義江彰夫)によれば、「結合」という表現がたしかに使われていますね。 ------------- 神仏習合の原点 「8世紀から9世紀半ばまでの神宮寺生成確率の歴史を通して、何よりも注目したい宗教構造上の特徴は、日本各地に類例を見ない,神社(基層信仰)と寺院(普遍宗教)が正面から結合し、仏になろうとして修行する神(菩薩)のための寺というかたちの神宮寺が、本来の神社の一隅または近接地に生まれてくるという事実であろう。」
*普遍宗教としての仏教、基層信仰としての神祇信仰とが *各々独自の体系を維持したまま開かれた系で結合した複合体
ex. 伊勢 多度山の神=多度大神(たどおおかみ) 神身離脱(地方の有力な神々が神であることの罪と苦悩を訴えて) 仏教帰依→多度神宮寺
but 多度大菩薩像(呼称は「神御像」)=多度大神 より威光を放つようになる 強化、パワーアップ
*一方、初めから寺院として成立したものは、内外の神を守護神として設定
★つまり、神と仏の開かれたかたちでの共存
----------------- 「開かれたかたち」という表現ではありますが。。
地雷也 : もう少し整理して言えば、神への祷りも祭祀の場としての神体も古代からあったけど、神道と言う「宗教概念」は中世から近世にかけて「日本仏教」の中から生まれたと言うこと。
以前↓ちらっと読みかけつつ、読みかけのままなんですが、 仏教渡来によって、日本古来の「神祇信仰」的なものが対象化された、といったようなことが述べられていました。 記紀神話にしても、仏教渡来に触発されてつくられたものであると。
http://www.jp.tku.edu.tw/japanese/7/P43.htm
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レスがコンガラリンで漬けにくいので、とりあえず、コピペ |
gaji |
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2005/12/15 22:37 |
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>gajiさん2 投稿者:芥屋 投稿日:12/14(水) 21:15
No.7247 [削除]
>ザムネンながら未見なんでちyo。。もしかして、各PCによって表示が違うのかもシレマテン。。
そうなんですか。黒かと思ういい色ですよ。
>「営為も知らないで」というのは短絡にすぎるかと。
近世神道家の信仰の営為を知っている人なら、たとえその信仰への批判をするにしても「机上でのみ」という空論はでてくるわけありませんから。
>♪ひと〜の気〜も知〜らないで〜♪っぽい。。女みたい(w 失礼。。
その人の気も知らないで「俺はあいつの考えることはよくわかっている」というのが「男みたい」なのであれば(そうかも)、私は「女みたい」でありたいものです。
>「信仰」のことではなく「郷土史」なのですよ。推論はあるのせよ、”加工”してはいないでしょう。
郷土史料をもとにした「信仰史」ではないのですか?信仰史でありながら信仰の内面の営為が等閑視されていれば、いかに史料を集めて論文を作ろうとも、それは史料の加工でしかないでしょう。
>いつから「信仰史」の話になったのでしょうか。
gajiさんが神器の象徴性を問うたあたりからでしょう。ことにgajiさんが「神道」という言葉や、その変遷を問題にしてからは、もっぱら信仰史の話ですよね。gajiさんは、ご自分が何の話をしているのかわからないんでしょうか。
>ウチッカタの実家は「浄土宗」ですけれど、私はgaji教(要するに無神教)です。
神祇不拝、専修念仏・・・でしょ?
>ところで、お聞きしてもいいですか?「神道」って何ですか?
そこで、下記のように新たに私のレスを入れながら問答形式にしました
(「>」の無いのが今回のレス)。一応これで、そのご質問に答えた形になっていると思います。
【ga】 >「神道」という言葉自体は、中国の怪奇物っぽい本(4世紀だったか)が初出らしいです(何という本だったか、度忘れ。。)。 【芥】 >あれ?そのあたりも紹介したサイトに出てたと思いますが。 【ga】 >忘れていました。《中国4C初頭の干宝の作と考えられる「捜神記」序文》でしたね。 http://www.interq.or.jp/www-user/fuushi/5-anc/kodaisi/ka-a-gensisin.htm 【芥】 そうすると、私が先にご紹介した下記のサイトによるものと併せると、 http://jinja.jp/faq/answer/06-01.html 日本の神祇祭祀・神祇信仰を意味する「神道」の語は「仏法」に対比して用いられるようになったのが始まりで、その語句は漢語からの借用語であるが、漢土の古文献に見る「神道」の語は日本のそれとは異なる、ということがおわかりいただけるでしょう。 【ga】 >そういった「神祇信仰」は、日本にかぎらずどこにでも芽生えた信仰ですよね(原始宗教的なもの)。 【芥】 >ジャンルの類型で言えばね。 【ga】 >ですね。様々な”原始宗教”がいろんな古代文明社会にかつてありました。 【芥】 >しかも、神道は単に原始宗教そのままなのではなく、歴史を経て現代に生きるものですが。 【ga】 >そうですか。 【芥】 >では「キリスト教も仏教も教義宗教」との理由で「同じもの」とするならナンセンス極まりないでしょ。 【ga】 >ですね。どなたが言っているのでしょう? 【芥】 誰も言いませんよね。日本の神祇信仰と世界各地の原始信仰との比較も、それと同じことで。 【ga】 >ちなみにキリスト教のバヤイ、各地の文化(宗教)を取り込みながら伝播していったのは周知の事実。 【芥】 そうですね。日本の神祇信仰・神祇祭祀も各地の文化(宗教)を取り込みながら伝承されて来ましたが、それが神道です。
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「女臣☆木反ウラ」より |
gaji |
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2005/12/15 22:10 |
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>>gajiさん 投稿者:芥屋 投稿日:12/14(水) 21:14
No.7246 [削除]
>>芥屋さんのご質問には、答えられる限り答えたつもりです。
>えぇ、話を進めるためだったのですが、きちんとお答えいただけて話が進んでおります。どもです。
>>「桃の節句」「端午の節句」等、ジェンダー云々の話題のときに紹介済みですが、節句等の行事その他が一般庶民にもポピュラーになり始めたのは、戦乱も治まり生活が安定してきた江戸時代中頃からですよ。近代になって一時期廃止されたりしたものもあるけれど、ケキョーク続いてきたものです(するしないは”個人の勝手”でせうけれど^^)。
>けど、科学や合理主義的教育に接する前の、前近代の人々においては、同じ行事をやるにしてももっと「信心深い」中で行っていたように思いますよ。
科学というか、医療分野の面も大きいでしょうね。 かつて「子供」は7歳まではヒトではなく”神の領域”だったりしました(死亡率が高かったんですね。。)。 それだけに、産土神(氏神様等)に対するお参りにしても、いま現在の家族行事に比べれば、真摯なものであったことでしょう。
>無神教のgajiさんでも「宗教行事としてではなく家族行事として」神社で七五三の行事を楽しむ、そう考える人でも神社に親しめるようにして広まったのは近代以降でしょう。
”行事として楽しむ”(→親バカ^^の領域)というのは、おっしゃるように近代以降、そしておそらくは戦後、世の中が豊かになってからのことでしょうね。
>だからそれこそ近代教育と近代神社行政の産物なのだし、それをひとしなみに「国家神道」と呼ぶなら、gajiさんも国家神道の人だ、そう私は言っているのです。責めてるんじゃありませんで、事実認識として。
七五三の行事等は、「近代教育」や「近代神社行政」とはまた別では?と思うのですが。 仮に、幕藩体制が崩壊、明治政府による近代が始まらなかったとしても、親から子へと伝えられてきた”慣わし”であったでしょう。
>>>>神社の衰退は戦後以前の話です。戦後、加速したかもしれませんが(←未確認です)。
>>私も初めて聞きますた。あれかな?欧化政策のもとでは、だんだんと神祇信仰が生の信仰としては衰えてゆく・・・ということかな。神々の黄昏、とういか。
>「私も初めて聞きますた」って、、芥屋さんご自身がおっしゃっている↓のですが。。 ーーーーーーーー >戦後の地方神社の衰えというものの大きな一因として、教育をはじめ、いわゆる「国家神道」の極悪なイメージを流布し、これに便乗した政教分離解釈の誤りといったものを挙げるべきしょう。 ーーーーーーーー
>↑この中では、私は「神社の衰退は戦後以前」なんてことは言ってませんが?
うーーん、ボタンの掛け違い。。 「戦後の地方神社の衰え」と芥屋さんはおっしゃっていますね、ということを指摘したのですが。
>>明治期に政府による神社の統廃合があったのは明確な史実です。
>それはイコール「神社の衰退」ではないでしょう。だってね、小社神祠を整理統合する際には、そこの御霊代を別の神社に遷座するのですから、直裁に言えば「物件が減った」のであって「神社の衰退」ではありません。
数が減ったということが衰退ではない?というのは、
魚屋さんや八百屋さんは減ったけれど、大型スーパーは健在。「お店」の「衰退」ではありません
と言っているかのようです。
(余談でつが、酒販店は確実に衰退←潰れています。。かつてAビーの販促冊子の編集にかかわってきましたけど、私が勤務していた会社は、酒販店を捨てました。。月刊冊子のページ数がじわじわペラペラうすうすに。で、私はリストラ^^されチャイマチ他のでつた)
もちろん「酒販」自体は、お酒屋さんが潰れようがなんだろうが、健在です。
>ただしその物件は祭場ですよね、本来的には。だから、地元の人が泣く泣く御霊代の遷座を見送ったという所もあれば、地元の人が全く顧みずに荒廃するままで御霊代に失礼極まりないことになっているという所もあったんです。
これは戦後の話ですよね?
>祭場の整理統合が人々の信仰面にもたらす影響は、多種多様な面が出てくると考えられます。そこをもっと深く考えないと、数字の表面だけを追っても何もわからないんじゃないでしょうか。
もちろん数字はデータでしかありません。 そのデータから何を読み取るか、ということでしょう。そこに恣意を挟まないことが肝腎ではないでしょうか。(むずかしいことですが)
「信仰」は恣意です。(個人の自由)
>>「戦後の地方神社の衰え」のバヤイ、それは政府とは無関係かと思います。
>無関係なわけないでしょ。
???よく分かりません。。 「戦後の神社の衰え」というのは、具体的に何を指しておっしゃっていたのですか?
私が知っているのは、明治期の統廃合によって神社が半減したということだけです。
>政府の責任だけではないのは確かですが、米軍の占領政策の既成事実にあぐらをかいた誤った政教分離解釈を放置したり迎合したりでなく、きちんと法解釈の見直しや整備をしていくべきでしょう。
???? 「国家神道」の話ですか?
>>例えが不適切ですが、芥屋さんのお小遣い^^が1万円強から千円未満にされちゃったとしたら、かなりショボーン(--かと。。
確かに例えが不適切ですね^^
ハイデピ^^スイマソンでち。
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U BOJ |
通りすがりの名無し |
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2005/12/15 21:33 |
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http://www.laglee.org/letters/kangaku_uboj/kangaku_uboj.htm http://www2u.biglobe.ne.jp/~tetsumi/uboj.html http://www.ne.jp/asahi/wglee-obmem/2002/sound/uboj.html
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Re:ニャンコ |
gaji |
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2005/12/12 20:02 |
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> > ホッとしたところで有松。 > >
jituha、、あまりホッとしていなくもあり、、
本日ピチばし抜糸終了〜♪ 本当にホッ^^
ネットでニャンコの避妊手術のアレコレ見ていたら、 エリザベスカラーをしているニャンタソや傷口防御ネットを着せられているニャンタソもいて、、
かたやピョンキンは絆創膏のようなものを貼られているだけで、それも舐めって、とっくに剥がしてしまうし、、その後しょっちゅう舐めてもいるし、、ダイジョブかな、、と。。
で、病院に連れて行こうとバッグに入れようとしたら、トコトン拒むし。。
だったのですが、ここは強引に強行。 「ちょっと抱っこしてて下さい」 「はいでぴ〜」 「抜糸は痛くないですからね〜」 …チョンチョン 「はーい、おしまい」
あっというまにオケーでちた。 とゆーわけで、スタコラ帰宅。
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Re:ニャンコ |
gaji |
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2005/12/12 01:07 |
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>
ホッとしたところで有松。
jituha、、あまりホッとしていなくもあり、、
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ニャンコへの粉薬は、、 |
gaji |
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2005/12/08 18:46 |
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> 「この粉薬はどんなふうに飲ませればいいんでしょう?」 >
「缶詰のペットフードとかあげているでしょう? それに混ぜればいいんですよ」 >
「………。工夫してみます。。」
ピョンてば単純でよかった^^って、つくづく思うの♪ 時々欲しがるカツオブシ(パック入り)を、例によって要求するので、小皿に入れてその上に試しに粉薬をかけてみたら、粉薬もついでに食べてしまい、半分くらいでしたが(大成功)、
で、次に別の小皿にカツオブシを入れて残った粉薬をふりかけたら、ほぼ7〜8割方、粉薬の投与に成功^^
今朝、そのようにして薬をあげて、さっき帰宅したら(まさか、いつものようにドアに現れるとまでは思っていなかったのですけど、ドアをあけたら、迎えに出てきてゴロニャン状態^^ ひとしきりドアの外で寝返り打ったりという毎度のゴロニャンパターンでした。いつもと変わらない、ということは体調は順調に恢復中なのでせう。
ホッとしたところで有松。
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Re:仙台 |
gaji |
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2005/12/08 18:25 |
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>
子供の頃、姉(私のばあ様)と弟(私のおじさん)の雰囲気で感じた。
??ばあ様の弟さんが「おじさん」? ???つまり、大叔父さんのことでしね。
*****以下、うちっかたの娘へのメールより ピョンキチも今週、シリツ入院してたんでした(月曜朝〜3日ほど。避妊シリツ。。) さっき連れ帰ってきたところ(7日か8日に来てください、だったけど、家のほうが落ち着くかと思い、7日今日に)。
おなかのへんがゲッソリやせてしまい、、ちょっと痛々しい。。 でも、いつもの爪とぎ(またしてもソファをボロに、、)をしたり、伸びをしたり、椅子の上に跳び上がったり〜♪ あちこちにスリスリしてたと思ったら、今はどっかに隠れてしまいました(ピョンにとっての安全な場所に、ということでしょう)。
来週(月)抜糸予定。
>年末はいつくらいまで仕事なの?
31日まで(w
以下(中ry
と、入力していたら、ピョンが出てきました〜。右側六畳間の押入れで休んでたようです。キャットフードといっしょに並べている水を飲みだしたので、ナデナデしたら、喉ゴロゴロ〜 その後、ダイニングテーブル下のいつものお気に入りの椅子の上に。
(痛み止め?の粉薬、朝晩5日分というのを受け取ってきたのだけど、これって、どんなふうに飲ませれば、、? 薬の処方自体、カナーリ、形式的なものかも、とも。)
「キャットフードはドライフードがいい」(←***のとなりの「**動物病院」院長の弁) と、初日(月曜日)に言われたときに→「うちではほとんどドライフードです」と答えていたのに、
「この粉薬はどんなふうに飲ませればいいんでしょう?」 「缶詰のペットフードとかあげているでしょう? それに混ぜればいいんですよ」 「………。工夫してみます。。」(心は、「はぁ〜?この院長、頭ダイジョブ?」←イーカゲンとは思いましたけど、、イーカゲンでもいい。キチンと抜糸してくれれば。)
以下(ry
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仙台 |
工藤猛 |
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2005/12/06 08:57 |
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仙台にばあ様の弟がいた。 姉を大事にしていたな。 子供の頃、姉(私のばあ様)と弟(私のおじさん)の雰囲気で感じた。
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Re:????? |
gaji |
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2005/12/05 23:45 |
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> >
「その手」は「拍手」(カシワデ)ではなく「もみじの手」だったのでしね^^ > >
うん、近所の子から「この子はいつも手を握ってるけど何を握ってるの?」って >
不思議がってたそうでつよ(母談)
手を握る? 「握手」カナ?
「握り」っていえば、やっぱコレかな。。 シャリ。
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Re:X橋 |
gaji |
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2005/12/05 11:35 |
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> X橋を知らない仙台人はもぐりだ。 >
http://www.sendai-c.ed.jp/~baba-syo/kusyu.htm
思い出しました。駅の北側の一種、摩訶不思議なフインキのスポットでつね。。一度くらいは通ったことがあったやうな。。(広瀬川を越えた南のほうに住んでいたので、この橋を通る機会って滅多になかったのでした) X橋 X橋近辺
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Re:夜中に起きちゃった(w |
堅気人 |
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2005/12/05 01:15 |
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男性 自由業 70歳以上 |
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> >
仙台X橋(えくす橋)前辺り、昭和41、2年ごろは深夜毎晩その手の女性が出没しておったが、それはガジではないだろな。 >
>
「X橋」って、、。
X橋を知らない仙台人はもぐりだ。 http://www.sendai-c.ed.jp/~baba-syo/kusyu.htm
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Re:????? |
芥屋 |
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2005/12/04 22:53 |
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> > いや、俺その時は赤ちゃんだから、その手のことはできないっすw >
>
「その手」は「拍手」(カシワデ)ではなく「もみじの手」だったのでしね^^
うん、近所の子から「この子はいつも手を握ってるけど何を握ってるの?」って 不思議がってたそうでつよ(母談)
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Re:????? |
gaji |
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2005/12/04 22:34 |
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> >
仙台X橋(えくす橋)前辺り、昭和41、2年ごろは深夜毎晩その手の女性が出没しておったが、それはガジではないだろな。
(前世にあたってみまつ。。)
>
いや、俺その時は赤ちゃんだから、その手のことはできないっすw
「その手」は「拍手」(カシワデ)ではなく「もみじの手」だったのでしね^^
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Re:夜中に起きちゃった(w |
gaji |
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2005/12/04 22:24 |
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>
仙台X橋(えくす橋)前辺り、昭和41、2年ごろは深夜毎晩その手の女性が出没しておったが、それはガジではないだろな。
「X橋」って、、。 http://club21.cool.ne.jp/history/40.html 五橋(イツツバシ)中学なら知っていますyo(←テニスの試合でココに負けた覚えが)。。
>
真冬の山寺で、滑り台では降りなかったか?
滑り台のあるところまではとても登れませんでした(制服―スカート―の山ガッコでしたから)。 で、学生カバンを手にしていたのでは危ない。ということで、カバンを下に放りつつ、雪に埋もれた階段を滑り台にしながら、ようやっと下りたのでした。
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Re:雨夜 |
gaji |
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2005/12/04 22:10 |
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>
アチコチで薫陶ヨロキシを得たわけでつな。
這いで津。プロ敷なんたらのことはいまだにサパーリワカラマテンでつが。
>
薄暗いじめじめしたところでニャーニャー泣いていたのかとばかり思ってたが。
雨夜の帰り道のトアル女性に、びしょぬれで鳴いていたところをハケーンされたのでつた。。(ガジにゃんこのバヤイ)
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Re:夜中に起きちゃった(w |
芥屋 |
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2005/12/04 20:22 |
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>
仙台X橋(えくす橋)前辺り、昭和41、2年ごろは深夜毎晩その手の女性が出没しておったが、それはガジではないだろな。
いや、俺その時は赤ちゃんだから、その手のことはできないっすw
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Re:夜中に起きちゃった(w |
堅気人 |
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2005/12/04 13:04 |
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男性 自由業 70歳以上 |
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仙台X橋(えくす橋)前辺り、昭和41、2年ごろは深夜毎晩その手の女性が出没しておったが、それはガジではないだろな。
真冬の山寺で、滑り台では降りなかったか?
> > gajiさんて、仙台で生まれ育ったんでつか? > >
いえ^^ >
ハハハによれば「生まれる前からお前はひとをだまし、、」(←予定日に遅れたということで私は母親をあざむいた性悪娘として)、工藤大明神の出身地でもある青森県で出生しますた(詳しくは青森市)。 >
>
子供時代は”転校生少女”で、ほぼ3年おきくらいに父親の転勤とともにあちこち移り住んでいます田(一時期は問答界隈の”あしなテンテー”と同窓デツた―某小学校―)。 >
> 中学校の途中で仙台へ。で、仙台で花の?女子高生になりまった。
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Re:夜中に起きちゃった(w |
秀里 |
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2005/12/04 10:39 |
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>
ハハハによれば「生まれる前からお前はひとをだまし、、」(←予定日に遅れたということで私は母親をあざむいた性悪娘として)、工藤大明神の出身地でもある青森県で出生しますた(詳しくは青森市)。 >
>
子供時代は”転校生少女”で、ほぼ3年おきくらいに父親の転勤とともにあちこち移り住んでいます田(一時期は問答界隈の”あしなテンテー”と同窓デツた―某小学校―)。 >
>
中学校の途中で仙台へ。で、仙台で花の?女子高生になりまった。
アチコチで薫陶ヨロキシを得たわけでつな。 薄暗いじめじめしたところでニャーニャー泣いていたのかとばかり思ってたが。
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Re:夜中に起きちゃった(w |
gaji |
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2005/12/04 01:18 |
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>
えー、じゃぁ、昭和41年は仙台でつか?
え゙?
まだ生まれてイマテンかもでつ、、。。 両手の指におさまる数でナイト、ケーさんがむずかpアルツ
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Re:夜中に起きちゃった(w |
芥屋 |
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2005/12/04 00:26 |
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えー、じゃぁ、昭和41年は仙台でつか?
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Re:夜中に起きちゃった(w |
gaji |
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2005/12/04 00:15 |
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>
gajiさんて、仙台で生まれ育ったんでつか?
いえ^^ ハハハによれば「生まれる前からお前はひとをだまし、、」(←予定日に遅れたということで私は母親をあざむいた性悪娘として)、工藤大明神の出身地でもある青森県で出生しますた(詳しくは青森市)。
子供時代は”転校生少女”で、ほぼ3年おきくらいに父親の転勤とともにあちこち移り住んでいます田(一時期は問答界隈の”あしなテンテー”と同窓デツた―某小学校―)。
中学校の途中で仙台へ。で、仙台で花の?女子高生になりまった。
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Re:夜中に起きちゃった(w |
芥屋 |
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2005/12/03 22:30 |
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gajiさんて、仙台で生まれ育ったんでつか?
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Re:確かに わんぱたーーん です。 |
gaji |
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2005/12/02 22:02 |
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> おちは母性だ。落ち着きどころだ。
>>
どのような状況であれ母親は産んだ子供を育ててきた。
違いますよ。
状況によっては産んだ子供を育てられなかった母親もいます(間引き等)。 子供を殺した母もいます(「王女メディア」)。
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確かに わんぱたーーん です。 |
工藤猛 |
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2005/12/02 08:44 |
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おちは母性だ。落ち着きどころだ。 ひいきの引き倒しにならないように注意する「責務」は あほなおとこにあるだろうさ。
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Re:6198 |
gaji |
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2005/12/02 03:32 |
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> 叙情思考の人民派みたいな感性を持つ >
シュールのやさしくて暗くてどこかに元気の出るうただね。
”シュール”!? どちらかというと聞き慣れたメロディーのつぎはぎ、、。 歌詞にしても、同様、、。と思いましたが。
>
『超』という言葉は 魔法 なんだろうな。
ブルトン↓って、A・ブルトンのことのようですが、、 以下、なんだか意味不明。。。
> 時を超え、社会の通常のしきたりを超え、なにものかになろうとする。 >
結局のところ「おぼちゃん」たちの運動だったという側面と(生活費の心配から超然としている) >
時代を切り開こうとした積極麺も有るという歴史評価なんだろうな。 > >
ブルトンがメキシコに暗殺前のトロッキーに逢いにゆく。 > その後1939年秋に時代は暗転する。 >
ソビエトが平和愛好諸国家の一員として歴史に登場してくる。 > なんちゅう歴史だ。 > >
この世は糞だらけだ。 > この世は糞が有るから輝くほどに清らかにも表現されてゆく。 > >
糞も味噌も真実もごったまぜで庶民が引き受けてきた。 >
どのような状況であれ母親は産んだ子供を育ててきた。
オチはあいも変わらず母親(♀)でつか。。コレを言えばいいってものでもないでせうに。。 工藤タソにとっての♀(女神)というのはどこかデウスマキーナっぽいというかオールマイティでつね。
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