>ディーツゲン・マルクス・エンゲルスディーツゲン『人間の頭脳活動の本質』>序論

序論

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 体系化ということが科学の全活動の本質であり、その一般的表現である。科学は我々の頭脳に対して世界の諸々の事物に秩序と体系とを与えようとするものに外ならない。例えば、或る言語の科学的認識は、それを一般的な類別と規則とに分類し或は秩序付けることを要求する。農業科学は馬鈴薯の収穫をあげることだけを目的とするものではなく、農業の方法と様式とに関して体系的秩序を見出し、その知識によって成果の予測をもって耕作できるようにしようとするものである。

あらゆる理論の実際的の効果は、我々をしてその理論の対象の体系と方法とに精通させ、従って成果の予測をもって世の中で働きうるようにするところにある。経験は確かにそのための前提にはなるものであるが、しかし経験だけでは足らない。経験から発展した理論、すなわち科学によってはじめて我々は偶然のたわむれから免れることができる。科学によって我々は意識的に事物を支配し、絶対に確実に処理することができる。

 一人の人がすべてを知り尽すことはできない。彼の手先の熟練と力量とでは彼の必要とするすべてのものを生産するには足らないように、彼の頭脳の能力は必要なすべてのことを知るには不十分である。信ずることが人間にとって必要である。但し、他人の知っていることを信ずるだけである。科学は、物質的生産と同じように、社会的な事柄である。「一人は万人のため、万人は一人のためである。」

−p.15, l.2−

 しかし、各人が自分だけで配慮しうるしまた配慮しなければならない肉体的要求があるように、すべての人が知ることを必要とし、それ故にどのような特殊な専門科学にも属さない科学的事実も存在する。

 認識、理解等の人間の思惟能力はそのようなものであって、何人もその理論を或る特定の同業組合に任せるというわけには行かない。ラッサールが次のように言ったのはもっともである。

「考えるということそのことが今日の分業の時代では一つの特殊の職業となっており、しかもこの職業は最もあさましい手に――我々の新聞の手に――帰している。」そこで我々には、もはやこの取扱いに甘んぜず、もはや輿論(よろん)に長広舌を振わせず、再び自分で考えはじめることが要求されている。我々は知識或は科学の個々の問題を専門家に任せることはできよう。しかし、一般に考えるということは一般的な事柄であって、何人にも免除されることは許されない。

 若(も)し我々がこの思惟活動を科学的な基礎の上に築き、そのための理論を見出すことができたならば、若し我々が、いかにして一般的に理性が認識を産み出すかの方法と様式とを発見すること、すなわち科学的真理を生み出すための方法を見出すことができるならば、我々は、知識一般の領域において、我々の一般的な判断力に対して、特殊の学科においては既に科学が獲得しているような、確実な成果を得るであろう。

 カントは云っている。「若し共通の意図がいかにして追究さるべきであるかの方法に関して、種々の協力者を一致させることができないならば、このような研究は今だ科学の確実な道を進むには遥(はる)かに及ばず、暗中模索にすぎない、と我々は信じて差支(さしつかえ)ない。」

 ところが今日では、若し我々が諸科学を展望するならば、カントの要求を充(みた)し、確実に意識して、問題なく一致して科学の成果を確保し、さらにそれを押進めている多くの科学、特に自然科学があることがわかる。リービッヒ(2)が云っているように「そこでは、何が事実であり、結論であり、規則であり、法則であるかはわかっている。これらすべてに対して我々は試金石を持っており、誰でも彼の研究の成果を発表する前にはこの試金石を使うのである。或る見解を三百代言(さんびゃくだいげん)によって押通そうとしたり、証明できないことを他人に信じ込ませようとしても、この科学のモラルによって忽ち(たちまち)にして失敗してしまう。」

 これに反し、他の領域において、すなわち具体的物質的事物を去って、抽象的な、いわゆる哲学的対象に向かうならば、たとえば一般的な世界観・人生観に関する事柄、事物の始めと終り、現象と本質に関する問題において、また人生智の問題、すなわち、道徳、宗教、政治において、果して原因と結果、力と物質、権力と権利とのいずれが主要事であるかという問題において――そこでは「的確に証明する事実」の代りに「三百代言的詭弁」があるだけであり、どこにも確実な知識はなく、いたるところ矛盾だらけの臆見(おくけん・おっけん)の暗中模索を見るだけである。

 ところで、自然科学の大家こそ、このようなテーマに接触するとお互いに見解を異(こと)にし、哲学的には不手際(ふてぎわ)であることを暴露する。従って、知識と臆見とを鋭く区別するための科学的なモラル、試金石を持っていると自慢しているが、それは本能的な実践にもとづくものにすぎず、意識的な認識、ちゃんとした理論を基礎とするものではない、という結果になる。現代は勤勉な科学研究をもって秀(ひい)でてはいるが、見解の相違が甚(はなはだ)だ多いところをみれば、科学もまた成果を予定して知識を使うところまでは行っていないことは明かである。そうでなければ何処(どこ)から誤解が起るであろうか。理解ということを理解している人は誤解する筈がない。天文学的計算の絶対的確実性のみが天文学を科学にする。計算することのできる人は、少なくとも自分の計算が正しいか誤っているかをためすすべを知っている。それで、思惟過程の一般的理解もまた、理解を誤解から、知識を臆見から、真理と誤謬(ごびゅう)とを一般的かつ一義的に区別する試金石を我々に与える筈である。

誤ることは人間的ではあるが、科学的ではない。科学は人間のすることであるから、誤謬は永久に残るであろう。しかし、数学の理解が誤った計算から免れしめるように、思惟過程を理解すれば、誤謬を真理と称したり、さらには一般に誤謬を真理として受け入れたりすることはなくなる。次のように云えば逆理と思えるであろうが真実である。すなわち、名詞を動詞から分ける文法上の規則を知ると同じように精確に、真理と誤謬とを分離する一般的的規則を知っている人は、先におけると同様にこの場合も同じ確実性をもって区別するであろう。

昔から学者も著述家も真理とは何ぞや、という問題でお互に困惑して来た。この問は数千年来根本的な問題、特に哲学の根本問題を形造って来た。この問題は哲学其物(そのもの)と同じく、結局のところその解決を人間の思惟能力の認識において見出す。言いかえれば、一般に真理の認識に対する問は、真理と誤謬との区別に関する問と同じである。哲学は、そのために尽力し、思惟過程の最後的に明瞭な認識によって、この謎と共についに自己自身を解消するに至った科学である。それで哲学の本質と経過とを簡単に考察することは、我々のテーマに対して序論としてふさわしいであろう。

 哲学という言葉はいろいろの意味で使われるから、ここではいわゆる思弁哲学だけを指すことにしておく。この際我々は、叙述について一々引用や出典を示すことは止めにする。この点に関して私の云うことは、明瞭であり、別に問題もなかろうから、知ったか振りの付属品を加えるには及ばないであろう。

 我々が先に引用したカントの尺度で測るならば、思弁哲学は、科学より以上にさまざまの意見の角逐場(かくちくじょう)として現れる。哲学の名士や古典的巨匠達は、哲学何であり何を欲するか、という問に対する答において一度も一致したことがない。それ故、これらのさまざまの意見にさらに私の個人的意見を付加えることをしないために、我々は哲学と自称しているものはすべて哲学として認めることにする。そして部厚な書物のぎっしりつまっている文庫の中から――特殊なものや風変わりのものによって迷わせられないで――共通なもの或は一般的なものを探し出すことにする。

 そこで、このような経験的方法によって我々は先ず第一に、哲学は元来他の諸科学と並立或は協同する特殊の個別科学ではなく、ちょうど芸術が種々の芸術の総括であるように、むしろ知識一般の種属名であることを発見する。知識を、精神労働を本職とする人――思想内容の如何は問わず、考える人は元来誰でも哲学者であった。

 ところが、次いで人間の知識が次第に豊富になると個々の部門が智慧の母親(mater sapientiae)から分離した。特に近代の自然科学の成立以来、哲学はその内容よりもむしろその形式によって特徴づけられている。すべての他の科学はその対象の相違によって区別されるが、これに反して哲学はその独自の方法によって区別される。勿論哲学もまた対象、目的を持っている。哲学は一般者、世界全体、宇宙を把握しようとする。しかし、哲学を特徴づけるものは、このような対象、目的ではなく、目的を追求する方法と様式とにある。

 すべての他の科学は特殊の事物或は対象を取扱う。そして全体・宇宙を問題とするときであっても、常に世界全体を構成している特殊の部分或は契機へ関係する限りにおいて扱うにすぎない。アレクサンダー・フォン・フンボルト(3)は彼の『宇宙』の序論において、自分はこの著書において、多様性によって同質性と統一とを認識しようとする経験的考察自然的研究に問題を限る、と云っている。そのように、一般に帰納的諸科学は個別的なもの、特殊なもの、感覚に与えられるものの研究を基礎としてのみ一般的な結論或は認識に到達する。それ故これらの諸科学は、「我々の結論は事実にもとづいている」と称する。

思弁哲学はそれとは逆のやり方をする。その研究対象が何らか特殊のテーマである場合でも、哲学はそのテーマを特殊なものの中で追究することをしない。感覚の示すもの、すなわち眼と耳、手と頭でなされる肉体的経験を、哲学は虚妄な現象として退け、そしてすべての前提を度外視した「純粋な」思惟に自らを制限し、それによって、人間理性の統一によって多様な世界全体を認識するという逆の方法をとる。

例えば、現在我々が論じている問題、すなわち、哲学とは何であるか、という問題において――思弁哲学は、哲学の現実的感覚的な形態から、木と豚皮で作った二つ折判の書物から、哲学の大小の論文から出発し、そこから概念にまで到達しようとはしない。逆に、思弁哲学者は自己のうちに入り込み、自己の精神の奥底において哲学の真の概念を求め、次いでその標準によって感覚的に与えられる見本が本物かまがい物であるかの判決を下す。

思うに思弁的方法は手で掴(つか)めるような事物の研究に従ったことはかつてなかった。もっとも、世界を妄想で充たしたところの、あらゆる非科学的自然観のやり方をもまた哲学だと認めるのならば別であるが。成るほど科学的思弁の初期においては太陽や地球の運行を研究したこともあった。しかし、帰納的天文学がこの領域においてヨリ大きな成果をあげて以来、思弁はヨリ抽象的なテーマの研究に専ら自己を制限している。そこで思弁哲学の特徴は、一般的にも、この領域でも、理念或は概念からその成果を産み出すことである。

−p.20, l.10−

 経験科学、帰納的方法にとっては、経験される多様性が第一であって、思惟は第二である。これに反し思弁は、経験の力を借りずに科学的真理を産み出そうとする。哲学的認識はたまゆらの事実にもとづいてはならず、空間・時間を超越して絶対的でなければならないと主張する。思弁哲学は形而下学(physische Wissenshaft)たることを欲せず、形而上学(Metaphysik)であろうとする。思弁哲学の課題は、経験の力を借りずに純粋に理性から一つの体系を見出すこと、すなわちそれによって知るに値することどもが論理的或は体系的に展開されるような論理学或は知識学を見出すことにある。それは丁度我々が与えられた一つの語根から文法的にその種々の形態を導き出しうるのと同様である。

形而下学は、我々の認識力は――周知の譬喩を使うならば――外界から印象を受取る一片の柔かい蝋、或は経験によって字を書かれる白紙のようなものであるという前提の下にふるまっている。これに反し思弁哲学は、思惟の力によって精神の奥底から汲み出し且つ産み出すことのできる生得観念を前提としている。

 思弁哲学と帰納的科学との区別は空想常識との差異にもとづいている。空想は精神の奥底から、自己自身によって、内部からその産物を産み出すのに対し、常識は外界から、経験によってその概念を作り出す。しかし、空想の生産方法は一面的であるように見えるが、それは外観だけのことである。画家が超感覚的な姿、超感覚的な形を工夫しえないのと同じように、思想家は経験を超越する超感覚的思想を考えることはできない。空想が人間と鳥を結合して天使を、或は魚と女を結合して人魚を創造するように、その他すべての空想の産物も同じ方法によるものであって、空想自身が産み出したもののように見えても、しかし実は外界の印象を勝手に配列したものにすぎない。空想は経験されたものを奔放な、任意な形式で再生産するのに対し、悟性・理性は経験の数と秩序、時間と尺度に従う。

 知識への渇望はとうの昔から、経験と観察との欠如のため帰納的認識の不可能であった時代においてさえも既に、自然と生命との諸現象を人間の精神から、すなわち思弁的に説明するように促したのであった。人々は経験を思弁で補おうとした。経験の豊富になった後の時代においては以前の思弁が誤謬であると認められるのが普通であった。しかしそれにも拘らず、人々がこの思弁的道楽を捨て去りうるに至るまでには、千年もの間、一方においてはこの幻滅の仕事が重ね重ね繰返され、他方においては帰納的方法が数知れない輝かしい成果をあげることを必要としたのであった。

 たしかに空想もまた積極的な能力を持っており、類比によってえられた思弁的予感が経験にもとづく帰納的認識に先立つ場合も非常に多い。但し我々は、どこまでが推測でありどこまでが科学であるかについて、はっきりした意識を持っていなければならない。似非科学は帰納的研究に門戸を閉ざすが、意識的な予感は科学的研究を促す。思弁と知識との区別について明瞭な意識を持つに至るのは一つの歴史的過程であって、その過程の始めと終りとは思弁哲学の始めと終りに一致する。

 古代においては、常識は空想と、帰納的方法は思弁的方法と同居して一緒に働いていた。両者の分離は幾多の迷妄を認識するに至って漸(ようや)くはじまるのであるが、近世に至るまで未熟の判断はなおこの迷妄に捉われていた。ところが、人々は迷妄を経験してもその原因が理解力の欠如にあるとは思わず、却って責任を感覚の欠陥に転嫁し、感覚は詐欺師であり、感覚的現象は偽りであると思った。感覚は当てにならないという昔からの嘆きの声を聞かないものがあろうか。自然と自然現象に対する誤解が最初に感性との完全な不和の原因となった。人々は自分を欺いておきながら、感覚に欺かれたと信じた。感覚に対する不満は、一転して感性的世界に対する全面的な軽蔑となった。従来は批判なしに外観そのままを真理として信用していたが、今度は同じように無批判的に感覚的真理に対する信用を根こそぎ棄て去ってしまった。研究は自然から、経験から去って、純粋思惟をもって思弁哲学の仕事をはじめた。

 しかし、そうではない。決して科学は常識の道から、感覚的世界の真理から、すっかり遠ざかったわけではない。その代りに間もなく、自然科学が入って来た。そしてその輝かしい成果によって帰納的方法の実り多いことを明かにした。ところが他方において哲学は、細目に亙る(en detail)研究なしに、感覚的な経験と観察なしに理性のみをもって、重要な一般的知識が推論されるようにするところの体系を探し求めた。

 今日我々はそのような思弁的体系をいやというほど沢山持っている。若し我々が先に述べた一致という尺度でこれらの諸体系を計るならば、哲学は一般的不一致という点でのみ一致することが見出される。さればこそ思弁哲学の歴史は、他の諸科学の歴史のように、知識の漸次的(ぜんじてき)蓄積の中に存するのではなく、客体或は経験の力を借りずに純粋の思惟力をもって、自然と生命との一般的な謎を解こうとする、失敗続きの一連の試みの中に存する。

その最も大胆な試み、最も巧妙な思想建築を今世紀の初頭に完成したのはヘーゲルである。ヘーゲルは、一般にいわれているように、政治的世界におけるナポレオンと同じ位、学問的世界で有名になった。しかし、ヘーゲル哲学も歴史的試練には堪えなかった。ハイム(4)(『ヘーゲルとその時代』)が云っているように、「ヘーゲル哲学は世界の進歩と生ける歴史とによって押しのけられた。」

 それ故、それまでの哲学の成果は自己自身の無力の宣言であった。しかし、数千年の間最も優秀な頭脳が従事した仕事の基礎には積極的な何物かがあることを、我々は見損なわないであろう。そして事実においては哲学は一つの歴史――単に失敗した試みの系列という意味の歴史ではなく、生きた発展という意味での歴史を――持っている。しかし、歴史と共に発展したのは、対象、すなわち求められた論理的世界体系ではなくて方法である。

 実証科学はいずれも感覚的対象を、外部的に与えられている端初を、その認識の支柱となる前提を持っている。経験科学にはいずれもその基礎に感覚的材料、与えられた対象がある。その意味で経験科学の知識は依存的であり、不純である。

思弁哲学は純粋な絶対的知識を求める。思弁哲学は材料なしに、経験なしに「純粋」理性から認識しようとする。思弁哲学は、認識或は科学は感覚的経験より優れているという熱狂的な意識から発している。それ故思弁哲学は経験を全く飛び越して、全体的な純粋認識に到達しようとする。その対象は真理である。しかも、特殊な真理、あれやこれやの事物の真理ではなく、一般的な真理、真理「自体」である。思弁的体系は無前提の端初、疑いもなく自立している立場を求め、そこから一般に疑いえないものを規定しようとする。思弁的諸体系は自分では、完全な、閉ざされた、自立自足の体系であると思っている。

ところが、その全体性・自立性・無前提は空想にすぎなかったということ、思弁も他の認識と同じように外面的・経験的に規定されているということ、思弁的体系は哲学体系ではなく、相対的・経験的な認識であるということ、これらのことがその後、認識されるに至ったとき、思弁的体系は何れも解消してしまった。結局思弁は次のような知識に解消した。

すなわち、知識自体或は一般的知識は不純であるということ、哲学の器官である認識能力は与えられた端初がなければはじまることができないということ、科学が経験よりすぐれているのは全面的にそうなのではなく、多くの経験を組織しうる限りにおいてであるということ、従って、一般的・客観的な認識或は真理「自体」が哲学の対象でありうるのは、与えられた特殊の認識或は真理から一般的な認識或は真理を特徴づけ、認識しうる限りにおいてのみである、ということの知識に解消した。簡単に言えば、哲学は経験的認識能力の非哲学的科学へ、理性の批判へ還元されたのである。

−p.25, l.7−

 近世の意識的な思弁は仮象と真理との区別の経験から出発する。それは、仮象から欺かれず、思惟によって真理を見出すために、すべての感覚的現象を否認する。その後続いて現れて来た哲学者は常に、そのようにしてえられた先輩たちの真理も、彼らが自負したようなものではなく、その実質的な成果は、認識能力・思惟過程の科学を促進したことだけであるのを見出した。哲学は感性を否定することによって、思惟をすべての感覚的に与えられたものから、云わばその自然的外皮からたち切ろうとする努力によって、他の何れの科学より以上に精神の構造を露にした。そのため、哲学が成長し、歴史的経過において発展すればするほど、哲学の仕事のこの核心はいよいよ典型的に、いよいよ顕著に現れて来た。思弁哲学は、偉大な妄想を繰り返し創り出した後、純粋の、哲学的の、すべての与えられた内容を無視した思惟は、またも内容のない思惟、現実性のない思想、すなわち妄想を創り出すにすぎない、という積極的な認識に達して解消するに至った。

思弁的迷妄と科学的な迷妄打破とのこの過程は最近まで続いていたが、ついに問題全体の解決、思弁の解消は、ルートヴィヒ・フォイエルバッハ(5)の次の言葉ではじまった。すなわち、「私の哲学は哲学ではない。」

 思弁的業績についてのこの長い物語は、悟性・理性・精神の認識に、我々が思惟と名づけるところのかの神秘的な作用の暴露に帰着する。

 いかにして真理が認識されるかという方法と様式とに関する秘密、いかなる思惟も対象と前提とを必要とするという事実に関する無知が、哲学の歴史に含まれている思弁的誤謬の原因であった。その同じ秘密が、今日我々が、我が自然科学者達の言葉や著作において、折りふしに(en passant)出会う所の多くの思弁的誤謬や矛盾の原因である。彼らの知識と認識とは遥かに進んでいるが、しかしそれも具体的な事物を扱う範囲内だけのことである。その他の抽象的なテーマに関しては彼らは「実証的事実」の代りに「三百代言的詭弁」を持出す。というのは彼らは何が事実であり、結論であり、規則であり、真理であるかについて、特殊の場合には、或は本能的には知っているにしても、一般的には、意識的には、理論的には知らないからである。自然科学の成果は、知識の道具である精神を本能的に取扱うことを教えた。しかし、成果を予定して働く体系的認識が欠けている。思弁哲学の業績に対する理解が欠けている。

 さて、我々の課題は、哲学がいかに回りくどく且つ大部分は無意識的に実証科学を促進したかを簡単に約説すること、すなわち思惟過程の一般的性質を明らかにすることの中に存するであろう。そして、この過程の認識が自然と生命とのすべての一般的の謎を解く鍵を我々に与える次第や、またそれによって、かの基本的な立場、思弁哲学にとって長い間憧れの的であったところのかの体系的世界観がえられる次第を我々は見るであろう。



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